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2016/06/12

未来を楽しみにするための魔法の30分クッキング

 むしむしする気候の所為にしたくなるけど、困ったことにそれだけじゃないんよね。何しろ、諸事、停滞しているのである。
 気持ちのくさくさして仕方がないのを、どうにか仕事で発散させたり、親しい人々としゃべり散らかしたり、そういう感じで見た目滞りなく回っているけれど(これはありがたいことだ)、根本的に自分の意志の及ばない部分が多すぎる。かつ、自分の努力で何とかなりそうな部分をなんとかするのは途方もない困難な事業のような気がして、この一か月くらい少し進んでは少し戻って、というのを繰り返している。もっと、潜ったまま先へ行かなければならないのだけど、気が付くと肩ががちがちに固まっている。

 根本的解決のためにも、対処療法が必要だ。
 今日も午後中パソコンとA4用紙に埋もれて悪あがきした後、南高梅を買って帰ってきた。
 
 保存食の中で一番簡単かもしれない梅酒を漬けよう。
 梅1kg、氷砂糖480g、ホワイトリカー1800ml、そして4リットルの広口ガラス瓶。
 〆て2500円ほどの買い物である(*)。
 瓶は食器洗いの要領で洗ってよくすすぎ、布巾で水気をふき取った後、ホワイトリカーを含ませたキッチンペーパーで内部を拭く。
 梅は流水で洗った後、つまようじを使って「へた」を取り除く。説明を読むだけだとこれまた難事業のようだが、黒っぽいところにつまようじを押し込むとクイっと抜ける。それをざるにとって、一つ一つ布巾でよく拭いて水気を取る。南高梅はたまに赤みがさしているのが可愛らしく、既によい匂いもする。
 瓶に梅を並べ、氷砂糖を敷き、梅を並べ、氷砂糖を敷き、さらに梅を並べる。大きさが違うし、分量も少ないからそんなに綺麗な層にはならないが、多分大丈夫。そこにホワイトリカーを注ぐ。別のお酒で作るのも楽しそうだが、前に作ってから10年くらい経つし初心にかえってオーソドックスなレシピにする。あまり私が酒ばかり仕込んでいるので心配になる向きに説明しておくと、アルコール度数35度のお酒で果物を漬け込むのは法律的には完全にセーフです。


 後ろに見えるのは瀬戸内の夕暮れ。
 水晶のような氷砂糖が、少しだけ赤く染まったまあるい梅とともにぷかぷか浮かんでいる様子はとても乙女チックで、いっそ溶けてしまうのが惜しいくらいだ。三か月後、クリスタルがアルコールに溶解しきると、味見することが出来る。一年たつと琥珀色を帯びて、ちょっとしたご馳走になる。三年するころには買おうと思ってもそこいらの店では手に入らない美酒が出来上がることでしょう。
 ね、なんだか愉しみになってきたでしょう?3年後はともかく、1年後くらいは何とかなりそうな気がしてきたでしょう?
 そう、梅仕事は、見えない未来に、力技で一筋の明るい道を切り拓く、とっておきの魔女仕事なのだ。



(*)家の近くのスーパーでは、梅やラッキョウ、紫蘇と一緒に広口瓶や氷砂糖、ホワイトリカーが並んだ特設売り場を設けているのだが、何故かそこに「チョーヤ梅酒」などの既製品の「梅酒」も置いてある。当然既製品の方がお安いし、「お前は本当に梅酒が作りたいのか?飲みたいだけなんじゃないのか?」と試されている気分になる。

2016/06/06

さまよう音

 クストリッツァにくらっときている私の80%くらいはあの「ジプシー」の音楽に参っているんだという自覚はあるんだけど、さまよう人の音楽といえば、初めて聴いた時から波長が合ったのがユダヤの伝統的な音楽をジャズにアレンジするジョン・ゾーンのマサダ室内アンサンブルの作品(こんなん)。独特の悲哀を帯びた和声で展開するメロディに、なぜか呼吸が楽になる。盛り上がるやつも楽しいけれど(こんなんとか)、愉快一辺倒ではなく、むしろ少し落ち気味の時に、悲しくなりすぎないように、疲れすぎないように、そうっとそばにいて支えてくれるような感じだ。
 これを教えてくれたヒッピーっ気のある友人に誘われて、パリの北郊外のサン・ドニにある60年代風の工業製品チックな公会堂にライヴを聴きに行ったことがある。パリ市内ではあまりみない(ひょっとして全然ない?)レーニン通りなんていう道を通って、休憩時間は大統領選の話をして、帰りには東駅の前にある24時間営業の昔ながらのカフェのカウンターにもたれかかりながらビールを飲み、山ほどフライドポテトの乗っかったクロックムッシュを食べた。深夜の東駅や北駅周辺には、どこから来たのか、どこへ行くのかよくわからない人達が大勢たむろしていて、零時をまわる頃には、早朝の電車に乗るつもりで宿を取っていないバックパッカーが、駅を追い出されたのかカフェにぽつぽつと入ってきて奥に消えていく。ビール二杯くらいとともに、こういう若者が奥のソファ席に横になって夜明けまでの数時間を過ごすことを店主は黙認しているのだそうだ。流れ者だらけの深夜の東駅前で食べた夜食が、ニューヨークを拠点として世界中で流浪の民の音楽を聞かせるライヴと記憶の中では切り離しがたく結びついている。
 
 思えば昔から遊牧民や山の民、海賊は憧れの対象だった。住所や組織、国境みたいな枠を超えて移動して生きることの自由さ。自分は、家を追い出されたら寒さにも暑さにも耐えられないし、自分の食べるものひとつ調達することもできない。だから余計に自分や一行の面倒を見てなんとかしてしまえる、という事が魅力的に思えるのだろう。辺境だから、真ん中からちょっとはみ出したり追われたりしてきた人が身を隠したり、真ん中の人には堪える制裁が下ってもけろっとしていたりする。海や川で暮らす人々。中華に対する周縁の夷狄。アルプスでは、山の人間がたまに里に下りてきて里の娘さんが恋をしてしまったりするのだと、ブローデルが『地中海』の入門編で書いていた。



 先日、Throwing a Spoonというピアノとチェロのデュオの演奏会を聴いた。これもシンプルなメロディで肌を透過してしみてゆくような音楽だ(こちらでいくつかは聞くことが出来る)。ピアノなんていう数学的でメカニカルで複雑な楽器を、あんなにして、風で木の葉が揺れるかのように自然に、人間に寄り添うように歌わせるトウヤマタケオさんは本当に凄い。徳澤青弦さんのささやき声の下で泣いているようなチェロはもういろっぽすぎる。幅広いテイストの演目があったけれど、中の一曲の単調すぎるぐらい単調な響きで、またしても乾いた中央アジアの草原への郷愁をどうにもこうにも抑えられなくなってしまった。曲名はSophia。動物の毛のにおいとかしてきそうで、いったこともない場所なのに、こんなにも懐かしいって本当にどういうことなの。だから遊牧民の若き首領よ早くわたしを攫え。そんなことを口の中でつぶやく。