Pages

2017/07/27

さらっと面白いコンクールモノで20世紀音楽にご案内――『蜜蜂と遠雷』

 恩田陸『蜜蜂と遠雷』読んだ。
 恩田陸さんの本は、学部生ぐらいの時に結構好きでよく読んでいた。小説というより少女漫画で親しんできたようなシチュエーション、雰囲気を上手に料理する人。『蜜蜂と遠雷』は、ピアノコンクールでの予選から本選までを、天才たちの群像劇として描いたものです。漫画『ピアノの森』と似すぎている!とかって本気で心配している感想がネット上にあってびっくりだけれど、その心配の必要はない。漫画畑では、複数の天才がコンクールetc.でガチでぶつかって、その過程で一皮むけたり、過去のわだかまりを解消したり、蓋をしていた問題と再度向き合うことを余儀なくされたりするのは、まあ、ボーイミーツガールとおんなじくらいよくある主題で、家庭環境が複雑なのも普通すぎるのも、現実の世界と同じくらいよくありますからね。ここに出てくる天才たちはとても伸び伸びしていて今風で安心してみていられるし、化学反応の様子を丁寧に追ってあるので楽しかったし、途中ちょっと泣けるところもあったし、そういうジャンルの一作品としてとても楽しめるものだった。特に、母親の死で活動に意義を見出せなくなっていた天才少女が大人のアーティストとして華麗に復活するのは槇村さとる『ドゥ・ダ・ダンシン』の桜庭鯛子を思わせるかもしれない。『ピアノの森』と比較するなら、この小説はメインキャラクターたちの持っている物語の厚みでは物足りない感じが否めないのだが(いうてもキャラクター同士の対戦モノだから、メロドラマチックな濃さが欲しくなるのである)、ショパン以外をたくさん演奏するのは文句なしによい。お蔭で、プロコフィエフとかバルトークとか、あまりピアノ曲としては親しんでこなかった人たちに興味が湧いて、色々調べて聴いてみるとかなり楽しいので思わぬ収穫だった。弾くのは難しそうだけどねえ…バルトークの素朴な感じの小品なら探したらいいのあるかな?
 とまあ、なんとなく漫画っぽい感想になるのは、どうしても小説としてのスリルには欠けると思ってしまうからでもある。奇跡のようにすっごい音楽(とそのパワー)を言葉で出現させる、というのは途方もなく難しい、大きな挑戦だと思うし、音楽をテーマにしている小説といわれるとソコを期待してしまう。けれど、一部オリジナル曲「春と修羅」の演奏の描写など迫力があるところもあったんだけど、全体的には演奏に関しては印象や感想の再現に終始している。高島明石の準備方法とかマサルの緻密な楽曲分析は面白いのだけど、肝心の演奏はなんだかはぐらかされた感じで。まあ、勝手に期待しているこっちが悪いのだろうけれど、物書きってなんかもっと欲が出たりしないもんなんだろうか、と。

No comments:

Post a Comment