Pages

2014/11/13

呪術的りんご

 パリの図書館で研究してた頃、ある日友達の友達がデザートのリンゴを食べながら「果物の中でもリンゴって面白味というものが全くないよね」と一言つぶやいたことがあった。彼女たちと昼食をとることはたびたびあったが、大体は研究の進捗だったり教授の噂話だったり、大統領選だったり夏に買うサンダルだったりを、凄いスピードのかなり崩したフランス語でまくしたてるので、割って入るのはおろか理解もおぼつかなかったことが多い。内容も記憶の中で埋もれつつあるけれど、その変な宣言は、そこから始まった果物の面白味についての白熱議論に半ばあきれつつ感嘆していたことと一緒に覚えている。
 リンゴは確かに、単純明快、ブドウのように食べにくくもなく、桃と違って長持ちし、柑橘ほどに味のヴァリエーションが鮮やかでない。面白味には欠ける果物と言われて反論しがたいところがある。でも、それならあのうっとうしいほどについてまわる象徴的な意味合いはどこからきているのだろう。単純明快にして完結した色と形か。
 田中相の漫画「千年万年りんごの子」を読んだのだがとてもよかった。雪の深い日に寺で拾われて育てられた主人公は、青森のりんご農家に婿入りして知らないうちに禁忌に触れる。画が綺麗で、ページの独特の間やかわいらしい方言が、村の人々の暮らしぶりやその中に垣間見える何かヒヤリと怖いものを、とても雄弁に伝えてくる。完結編は涙が止まらなかったし、読んだ夜に、久しぶりに夜中に目が覚めた時に自分まで見てはいけないものを見てしまったような怖い思いをした。おすすめです。
http://www.amazon.co.jp/%E5%8D%83%E5%B9%B4%E4%B8%87%E5%B9%B4%E3%82%8A%E3%82%93%E3%81%94%E3%81%AE%E5%AD%90-1-KCx-ITAN-%E7%94%B0%E4%B8%AD/dp/4063805786

No comments:

Post a Comment