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2026/02/16

男子と色彩と着るもの

  尾道での短期滞在から夫が帰るタイミングで、決まって洗濯物に加わるのが二組のスウェット上下である。部屋着と寝巻にしていて滞在中も随時加わるこれらのスウェットの色調は、黒、濃紺、深緑、チャコールグレー、杢グレー、グレー。のっぺりして巨大で、部屋干しすると部屋が一段暗くなるようだ。着心地のよいコットン素材は水分をずっしり含み、1枚乾燥機に入っているだけですべての乾きが悪くなる。下着も面積が大きい。そしてヴァリエーションが少なく、彩度が著しく抑えられている。カッターシャツやカジュアル向けのパンツが加わったとしてもそう変わらない。生活に無彩色のべた塗りがまた加わっていく。カジュアルシャツやカットソーでようやく息がつける。

 母は洗濯物を干すのが好き、と言っていた気がする。だが、我々が三姉妹でなく三人兄弟だったとしても洗濯物を干すのが好きだっただろうか?思うに洗濯関連のタスクは家の男子比率によってその徒労感に大きな差が出る。女子の服にはヴァリエーションがあり、小さめで、可愛らしい小技がきいていて、洗濯に気を遣う部分はあるけれど、使い手に可愛いものを汚さないような配慮すら要求する。一方、男子服は、大きく、乾きにくく、頻繁に汚れ、傷み、大きく、暗い。雑に扱われても問題なく作られていることによって、生活や人間を雑に雑にアフォードする。

 このまま坊が大きくなって無彩色のデカい物体ばかり纏うようになってしまったら、私はきっと部屋干しで鬱になってしまうだろう。別に干すのが私でなくてもその部屋に暮らすだけでダメージが蓄積しかねない。それを防止するためには、何とかして色彩の趣味を育てなければ。

 ところがこの冬、私の努力むなしく「それはピンク色だからちょっと…」とピンクの入ったボーダーTを拒否した坊。昔は黄色が大好きだったのに、近頃は黒や青を選ぶ。赤はいまだに「格好いい色」らしいが、それよりも黒や青のほうが「格好いい」らしい。なんてこったい。

 試みに保育園で洋服に注目してみる。普段は輝くような子どもたち一人ひとりが何を着ているなんて気にしていなかったが、く、黒い…。黒、紺、カーキ、グレー、そして黒。青や赤や黄はわずかばかりのオアシスで、中間色は女の子しか着ていない。

 どうもユニクロがべビーからキッズになったあたり(110あたりが境目)から、ユニセックスのラインナップではパキッとした基本色か無彩色中心になり、パステルカラーやニュアンスカラーはガールズの形(フリル付きのカットソー、リブカットソー、キュロット、スコート)を中心に搭載されるようになっているようだ。あんなに可愛らしかったちびちゃんたちの服装が黒っぽくなってしまったのはこれが理由か…。

 西松屋はさらに顕著である。遠目にも「ガールズ」と「ボーイズ」の棚はすぐに判別がつく。ガールズはぼんやりとほんわかとラベンダー、クリームイエロー、桃や桜やコスモスのピンクに勿忘草やネモフィラ、スカイブルー、ボーイズは紺や水色が綺麗色に見えるくらい黒、グレー、カーキ、ひどいときは迷彩!嗚呼‥!

 メーカーが売れないものを作らないことに罪はない。それに、子どもの好みは最優先にしないと生活は回らない。というか、別に何を着ても可愛い。黒い眼で黒い髪に黒い服なんて字面で見ると何が悲しいのかと思うけれど、実際に着て動けばもう、眩しさしかないのだから驚きだ。そういえばこの子達の大半は、小学校から下手すると高校まで紺白に閉じ込められるのであり、閉じ込められたら閉じ込められたで、それが可愛いんだから仕方がない。

 でも基本シックでありえないスウェットまで黒くなくたっていいじゃないか…!百歩譲ってダブルガーゼのボタン付きパジャマなら紺やチャコールでもアイテムとして可愛い。でないと、可愛い本体から離れた抜け殻が、悲しい無彩色で部屋を塗り込めて、雑の気配を充満させてしまうんだから。

2025/12/10

世知辛過ぎる

「ママ、このカードは何でも買えるカードだからなんでも買える秘密のカードって書いて」

ークレジットカードのこと?

「そう、キラキラで何でも買えるやつ。うらにね、番号と、なんでもかえるくれじと?カードって書いてね」

ここんとこ坊は空き箱にハマっており、ティッシュを見てもお菓子を見ても「なくなったらちょうだい」 で、床の一部にコレクションされた箱が積みあがっているのだが、この時は組み合わせて自動販売機様の何かを作成し、サインペンをジュースに見立てて販売中であった。私が売り子の番のとき(自動販売機だけど売り子が要る)、さんざん面倒な金額を要求するので、その都度500円玉とか10円玉とかを増刷していた坊が面倒になってきたらしい。

ーでもこれ、ただなんでも買えるんじゃなくて銀行に預かってもらってるお金から使ってるからね。

「知ってる、しゅんかんいどうでしょ!」これは夫が何かで教えたらしい。

ーまあ、近頃は面倒だからあんまりちいさいお金使わないもんね。10円玉とかね、10円玉だけだとあんまりお買い物もできないしね。ママが小学校に行ってたときは、10円玉をもって行って、どうしてもおうちに電話しなきゃいけないときには学校においてある緑色の電話に10円玉入れて電話してたんだよー

「ふうん」と坊、しばらく考えてから、なんだかひどく裏切られたような顔で

「ええ?? 電話かけるだけなのに、お金入れなきゃいけないの??」

ーそうだよ。

「ええー、それなんかずるくない?」

ーそうかな。あ、そういえば、今ママの持ってるスマホも、じつは連絡装置とか電話とか使うとお金がかかります!クレジットカードみたいにして銀行から払ってもらってるんだよ。

連絡装置はうちではラインを指します。聞いた坊は「え、やば。」と絶句。

その後しばらくして、私がトイレにいたら、走ってやってきて

「え、ママ、ってことは我々のでんわ、いくらかかってるの??」

我々の電話じゃなくて我だけの電話なんだけどさ、ちいさい人たちにとっては物が手に入るわけじゃないのにお金がかかるって不条理なんだろうな、と思った一幕でした。

2025/10/06

10月の活動ログ

 20251001

一仕事終わったところでうまく眠れなくてチェンソーマン第一部を一気読みしてしまった。案外面白かった。日中は授業でほぼ終わる。久しぶりに運動もいけた。

20251002

よく眠れて頭が動く。授業と授業準備。

20251003

着物着たかったけど雨が降って断念、授業と授業準備と隣町に展示見に行ったり、運動もできた。

20251004

運動会が雨で延期になり、ただただ美味しいものを食べる日になってしまった。それはそれでいいことだけど、年長となると運動会のプレッシャーは相当なので、それが一週間延びるのはかなり親的にもストレスフルである、空よ頼むよ。

20251005

用事を済ませながら学会委員会への参加。

20251006

教養講座の準備、授業準備、次年度に向けた仕事。久しぶりに着物を着たせいか(手に入れたばかりの帯をどうしても結んでみたくて。最高にいい買い物だった気がする)、結婚指輪だけつけるのを忘れたり、朝歯を磨いたか自信がなかったりした変な一日。講座の準備が思ったほど順調に進まなかったので次の日に頑張ろう・・・

20251007

坊はなかなか眠れず、朝もゆっくり。運動会に向けて調子を整えなければならないのだが、そもそも先週かなり頑張ってたので気持ちもそんなに張り続けられないよね。私も微妙に調子がいまいちなので、ビタミンを補給、と思って午後の紅茶フルーツアイスティー白ブドウとレモンというオシャレ気な清涼飲料水を導入してみたけど、この150kcal.は高くつくやつかもしれぬ。運動行きたいけどそのためには五時までに明日の準備を完遂せねば。

20251008

公開講座無事終わる。お弁当に箸がついていなかったことに後から気づいて、子どもがお腹を空かせていたということの反省が一番印象的な日になってしまった。

20251009

あまり何をしたか覚えていない。

20251010

あまり覚えていないが、研究室をやっと少し片づけられた。

20251011

運動会。年中の時と比べると成長著しいが、プレッシャーのほうが強かったようで、去年の方が楽しそうだった。すでに運動能力よりも勝負強さのようなものが物をいっているようで、上の子がいる子は強いなあ。

20251012

この日から単独東京出張。学会と展覧会。東京藝大で虫に刺されまくる。

20251013

20000歩近く歩いた。展覧会3つ目くらいから見るモードが復活する感じ。

20251014-17

坊は微熱っぽいが保育園には行きたがる。この週はアウトにならない範囲で熱があがったりさがったり、元気だし保育園に行きたがるので行かせて様子を見ていたが、よくわからない感じだった。途中やはり元気がなかったので早めに帰らせて一緒に夕食を作ったり。昼寝がなくなったので最悪でも1時間早く布団に入ることを心掛けていたが、どうしてものんびりする時間を削ることになり、難しい。行けるときには早く迎えに行かなければならない。

20251018

咳が出てきたので病院にやって、あとはのんびりさせて、少し回復したので要望により少しだけ灯り祭を。

20251019

夜はよく眠れていたので、朝の太鼓だけ行かせて、そのあとは町民運動会からは抜けて図書館で少し本を選んで、家で餅を食べて、ふたりして派手に昼寝した。咳は普通程度におさまった。

20251020

会議、授業準備、久々に運動。

20251021

丁度仕事のひと段落した時間に日が照っていない好条件が重なったので久々に裏山一周走った。気持ちいい。栗も拾える。室内の運動では得られない爽快感である。ただ、仕事場の置き靴の底ゴムが劣化して硬くなっている気がする。ちょっとランニングするくらいなら問題ないけど、車がつかえない時に保育園まで行軍するには危険な気がする(仕事場にスニーカーを置くならそういう用途は想定しておくべきだ)。早めに買い替えておかなければ。

1730に迎えにいって、夕食作り・片づけ・洗濯ありのフル平日夕方日程でなんとか2030に布団に入れた。私まで六時半までノンストップで眠ってしまった。

2025/09/22

秋のはじめ活動ログ

 20250918

なんてこったい、会議やらなんやらほとんど自分の時間のない日。学内の表彰があったのだが、みんなカチッとした装いだったのでサンダル履いてこなくてよかった。事務仕事や授業始まりに向けた事務的な準備を合間合間にやっつける。

20250919

この日の午前中は研究日和のはずが、ものすごい疲労感としんどさで、「仕事している」と言い張るには限界の楽な姿勢で本を読むくらいしかできなかった。お蔭で大学院生と読みたいテキストを見つけたからよかったけど。午後からは学生対応と美術館関係の会議。

20250920

引き続き体調が悪い。15日の不眠を引きずっている感じの内臓の重苦しさ。学会例会をオンラインで聞くために坊は保育園にお願いしていた。夜は楽しい集い。

20250921

体調回復を第一に。バッタ捕りと凧揚げ。坊は凧にほとんど見向きせずバッタを追っているうちにトノサマバッタを素手で捕まえられるようになった。大方リリースしてもらって、四匹だけ連れて帰る。夫がバッタの棲家を整えてくれた。夜は見事なゴボウを買ってあったので筑前煮を作る。以前スペイン料理やで食べてすごくおいしかったフリットを目指して烏賊のカラマリ風。ガーリック風味の下味で小麦粉を付けた唐揚げ。一緒に軽く衣付けて揚げたオクラを坊が喜んで食べて意外だった。というか、揚げるとどんな野菜もおいしいからそういうことかな。茄子とキノコは食べないが。あとカラマリとは烏賊のことではと思うのだが、烏賊烏賊。

20250922

美学会申し込み、したけど行けるのだろうか。連絡仕事、授業準備的な雑用。論文読み。原稿。あとで車の点検。子供の歯医者予約をしなければ。

夜に坊は発熱。夜と明け方に解熱剤を飲ませる。明け方になって彼は眠れたようだが、私はほとんどまとめて眠れなかった。

20250923

坊は高熱。朝はみかんとヨーグルトミルクのみ。熱が上がってすぐで症状がわからないので病院は翌日以降にして、夫に留守番してもらって籠城のため資料を持ち帰ったり食品やティッシュを買いだめしたり、翌日講義を休みにするために手を打つなどする。昼は食べられず、夕方にバナナとチョコレート。夫は東京へ。結局一日中コロコロして少し元気になって暇になるとピタゴラスイッチ見る生活をして、午後には解熱剤なしにまとめて熟睡する。夜になると食欲も回復し、梅のおにぎりと焼き鳥、エビフライを少し食べて、眠るころには平熱に戻る。

20250924

休みにしたから休みだけど、坊は結局その後平熱からあがることなく、私も睡眠導入剤使って8時間眠れた。のんびり過ごしながら、だましだまし論文を進める。根菜の入ったスープを作ってうどんの汁にしてみたり、鶏ひき肉をそぼろ煮したりして、坊も結構しっかり食べられたよう。

20250925

朝は調子が悪そうにも見えて心配したが問題なかったよう。私は3つ講義があって、そのあとは論文を進める気力体力が残らなかった。新米炊いた。

20250926

私「やばい、しめきりまであと四日しかない」

坊「ぼくたちもうんどうかいのれんしゅうがあとろくにちしかないよ」

20250927

夫の会社の親睦BBQ参加のため大阪に行く予定が、坊の体調を考えて断念。夫が来てくれる。

20250928

またバッタが増えた。私は引きこもりで運動不足。

20250929

昨日のことなのにあまり思い出せないが、授業に顔を出したり悩んだりしていた。坊がよく食べる。私も朝抜いたら少し身体が軽くなった。

20250930

材料がそろってからこねくりまわすのが楽しいのにいつもそこに時間が残っていないのだ。いい加減学びたい。

2025/09/18

寝る前の話

  絵本を読んで電気を消したあと、坊が眠いのに寝にくくてゴロゴロしているとき、ちょっと甘えさせてやるとうまく寝られたりするので「なんかする?手つなぐ?とんとんする?」とオファーを出したりする。

 昨日は「とんとんしないで、手、こやって(胸のあたりに)置いといてほしい」とのこと。

ーはいはい、これでいい?

「で、こっちの手でこやって(頭に持ってこさせる)」

ーなでなでするの?

「うん、よしよしは、れざーとなの」

ーほっぺにちゅーもつけましょうか、おきゃくさま?

「うん、ちゅーは、むりょうの」

ーおまけサービスってことね?

「そう、よしよしがれざーとで、ちゅーがおまけで、手おいとくのが本体」

ふむふむ。昔小さい妹が幸せ三点セットといって「ママ、ダイジ、あったかい牛乳」かなにかを寝る前にありがたがっていたのを思い出す。坊の周りには2種類のペンギンとおくるみタオルとオオサンショウウオもちゃんと転がっている。万全じゃないと安心して眠れないのは私に似てしまったのかもしれない。しかし結構長くなってきたこのひとは、保育園ではもう「とんとん係」として3歳児を寝かしつけているらしいけど、いつまでこんななでなでさせてくれるんでしょうね。

2025/09/11

夏の終わり活動ログ

 20250910

大雨警報が出ているので出張を順延にして資料漁り。家の段ボールの処理。運動。手羽中のトマトカレー作る。人参とジャガイモは切ってもらう。入手しそびれていた展覧会カタログ等洋書をまとめて相互貸借依頼。雨がかなり強い。

20250911

倉敷天満屋の三人展と広島市現美の被爆80周年展、コレクション展。移動多いがこれくらいなら無理がないくらい。移動中に編み物と読書、駅ビルでお土産物調達。子のご飯茶碗を陶器にする。湿気が多いので気温より暑く感じる。

20250912

特典航空券で予約していた飛行機が機材都合でキャンセル、仕方なく3時間半の新幹線にした。子は昼寝し、25805円分のお金と財布を折り紙で作り、おっとっととバウムクーヘンを食べ、恐竜の話を2つ読み聞かせてくれた。事務仕事少々。

20250913

上野の科学博物館。少し喉の調子が悪い。普段通りなら途中で抜け出して西美を見るところだが、この調子でいいもの見せられたら身体が勝手に無理して風邪ひき決定だと思って断念。恐竜の復元模型の位置づけ、美術とはまったく違うのが面白い。

20250914

川沿いでバッタ採り。

20250915

川沿いでバッタ採りからのランチからの結婚式を挙げたホテルに7年ぶりステイ。ロビーの香りからして懐かしい感じで、部屋をグレードアップしてもらえたようで、たいへん居心地よい。夕方に森ビル近く?の芝生で散歩していると噂に聞く港区犬散歩ピープルがたくさんいる。バッタはいない。備えつけの浴衣が暑くて寝苦しかった。早めに手持ちのTシャツとかに替えるのだった。温泉浴衣ではこんなに窮屈な思いをしたことはないので、たぶん混率が悪いのだと思う。これならビジネスホテルにある謎のペラペラガウンのほうがいい。札幌で泊まったUnwind Hotel & Barのパジャマはとてもよくて、コットン100の洗いざらし二重ガーゼでゆったりした作りのユニセックスのボタン留めの長袖長ズボン。通販で買えるらしい!→https://shop.livelyhotels.com/products/uws-fa-01

20250916

デザインあ展。人数入れすぎで、ものすごく時間のある人(&トイレの遠い人)しか十分に遊べないシステムになっている。もう中の体験コーナーをチケット制にした方がフェアでは?という気がする。そんなこんなも最後にみんなで踊ると不満が吹き飛ぶ設計らしい。

20250917

夏のはじめに残してしまっていた仕事など。睡眠がよくないので久しぶりにヤクルト1000を導入した。おもろい夢見れるかな。

2025/07/14

相対的な世界なのだ

  坊はちかごろウルトラマンにハマりつつある。しばらく前から間繋ぎにやってたモノローグと過去の戦闘シーンのふりかえり映像を興味深そうな感じで見ていたところ、新たなシリーズが開幕したようで、保育園経由でおもちゃのチラシが届いたのを熱心に見ては、「ママこのなかでどれがいい?でしょ?青いのがかっこういいよね!」「こんどのどようびにはこのかいじゅうがでるから!」などとみせてくる。

 車輪を愛する平和な少年がこうして戦い好きになっちゃうのだろうか?そういえば恐竜も一通りスペックを覚えるのを楽しんだあとは『トリケラトプスシリーズ』(by 黒川みつひろ)を順繰り読んでは「ぐがーー!」とかケツァルコアトロスやらモササウルスやらギガノトサウルスやらと戦う様子を解説してくれる。推しはモササウルスらしいが。

 闘いごっことかちょっと面倒だな…などと思っていたのだが、はじめは足を大きく開いて左手を前に伸ばしてパーの手のひらをかざしてじっと止まって何かを見ている(保育園で太鼓をやらせてもらっているから、この立ち姿は妙に決まっている)。なにやらパワーをためて変身かビームを打つのか…。後で見たらこのポーズだったようだ。


 その後、戦いに駆り出されることも増えてきた。ストローを数本つなげて手裏剣を先につけた道具を持たされて、「<坊>が味方で、ママがてきでいい?」と確認が入る。敵の担当であるらしい。さらに教えてくれることには、「ママはてきなんだけど、ママからみたらママがみかたで<坊>がてきだからね!」だそうだ。うん、敵は敵で一生懸命味方のために戦ってるものね。よく知ってるな!!

2025/03/11

近頃のお話

  5歳児夜寝る前の、「絵本」と「おはなし」。絵本は、こどものとも年中版程度のお話を一つか、かがくのとも一つ、リクエストで。最近はひらがなと「恐竜」と「宇宙」にはまっているので、子供向きの小さな図鑑を1章づつ一緒に読んでいる。見出しを坊が読んで、私が中を読む。恐竜の場合は、名前と全長と肉食か植物食かを坊が読み上げ、宇宙の場合は惑星の名前と地球からの距離と地球と比較した大きさを坊が読み上げる。

 お話は、ここ数か月「ピッピのおはなし」。リンドグレーンの「長くつ下のピッピ」から来ていて、最初は岩波少年文庫版から少しづつ読み上げようと思ったのだけど、お話は本を読むのとは違うのがいいらしい。あらかじめ読んで覚えておくには私の労力が持たなくて、結果的にほとんど創作になった。

 舞台はスウェーデンの小さな町。ピッピは10歳の普通の女の子だけど、赤と白の縞々のながくつしたをはいていて、世界一勇敢で力持ち。ここまではおおむねもともとの話通りなのではないかな?

 お話では、クラスメイトが登場する。名前があんまり北欧系じゃないのだけどグレッグはすごく足が速くてだいぶん怖がり。サリーは科学者。おばあさまが森の入り口に住んでる魔女。マリーは小さくて飲み物は牛乳一択、ニュースが好きで一度見たものを忘れない。ピートは8歳だけど飛び級で同じクラスにいて、働く乗り物や恐竜に詳しく数字が大好き。ダンはハッカー。おじさまが湖の近くに住んでいて、その湖は中海なので冬場に海賊が休みにくる。学校には中国陶磁器オタクのメアリ先生、ピッピのご両親はたぶん公務員かなにかで普通の共働きなのだが、おじさまが一人アメリカにいてセントラルパークを挟んでメトロポリタン美術館の反対側の高いマンションの5階の広いおうちに住んでいるのでこの子達は今ニューヨークに遊びに行っているところ。6人がふだんの学校で、あるいはお休みの日の市場で、ストックホルムで、湖や森の近くで、あるいはアメリカで、まんべんなく活躍して「事件を解決」する話を毎晩ひねり出しています。そこはかとなく「パウパト」に似ているけど、ポイントとしては彼らみんな携帯を持っていないのでそのあたりも特殊能力の生かしどころだったりする。あとリクエストに応えているうちに、毎度事件の犯人が猛省ののちアクロバティックな更生を遂げてめちゃくちゃ幸せになるので、そのあたりもお楽しみポイントになっている。これらの話は頭のなかの「ひきだし」から出てくることになっているのだけど、この「ひきだし」にはなかなか厳しい条件があり、1,おふとんに入ってのんびりした気持ちにならないと開かない。2,22時を過ぎるとその日の引き出しは閉まってしまう。注意が必要である。

2024/10/09

心の在り処

  昨日の夜の会話。

ー<坊>、可愛いねー

「うんー。でも<坊>、ママが<坊>を大好きなのよりも、<坊>がママを大好きなほうが大好きだよ」

ーそうなの?

「うん、それにね、あのね、パパが<坊>を大好きなのより<坊>のほうがパパ大好きなんだよ」

ー<坊>大好きたくさんあるんだね。

「うん、ちょっと、ぎゅーってしてママにも分けてあげようか」

ーこんなにぎゅーってしたら大好きなのなくなるんじゃない?

「だいじょうぶ、大好きは空から入ってくるから。空のほうにこころがあるの」

ーへえ!こころ、空にあるの!

「うん。こころがあって、大好きそこからくるの」

ー大好きのほかは?ほかにこころに何はいってるの?

「それは自分で考えてください」

2024/10/01

やっとほんとに秋だ!~さいこうどーなつ!

  夏休みの宿題を1個半、持ち越したまま10月に入ってしまった。運動会までには終わらせるぞ!とはいえ、秋は魅力的な罠がたくさんある。気を付けるのは特に以下の二点。

 1、紅玉を買わない。タルトタタンを自作する暇がないのだ。

 2、皮つきの栗を買わない。渋皮煮を自作する暇もないし、そもそも私にはうまく作れないのだ。どうしても栗気分が味わいたかったら生協で栗おこわの素を買うこと。

 3、でももらえちゃったらありがたくいただく!

 かわりに、新米をお祭り気分で楽しもうと思います。あとは、スイートポテトくらい子どもと作ろう。この本がとてもかわいくて好き。


 運動会で「さいこうどーなつ!」というワンピースの歌を踊るのだそうで、色々調べてみたらセカイノオワリの「最高到達点」であるらしい。いい歌じゃん。しかし近頃の主題歌ってこんなに内容にびったびたなものなのね。

 近年の複雑な音の作りの歌を知らな過ぎて、頭がついていかなくなると老化するな、と焦ってきたので、ひさしぶりにアマゾンミュージックのヴァージョンアップをして色々聴きながら作業したり、子どもと一緒に歌ったりしている。最高到達点は自分のいい応援歌になりそう。

2024/09/18

坊に着替えをさせる秘訣と若干のうしろめたさ、ではなく。

  近頃、朝の用意がスムーズにいく秘密の呪文を手に入れた。だいたい茶碗を洗うくらいのタイミングで坊に洋服一式を出して、こういうのである。

ーーここに服出てるけど、まだ着替えないでゆっくりしてていいからね~。あんまり早くしちゃうとママまだお化粧も茶碗洗いも終わってないから…。

 すると、早く着替えて!行くよ!だったらレゴから顔も上げない坊が

「ええ~~。でも早く着替えちゃおうかな!早く着替えたい!」

 といって、いそいそと着替え始める。

ーーえー、待ってよ!そんなにすぐ出発できないよ!

 なんて掛け声をかけちゃったらこれ加速する。仕舞いに、こうだ。

「ママ、〈坊〉は全部準備おわっちゃいました~!ママはまだー?」

 阿呆なのだ。それゆえに、何という可愛さ。

 その一方で、「だからなのか?」とも思うのである。今まで出会ってきた男子たちに対して感じてきたもの、大人でも子供でも、同輩でも先輩でも、同僚でも学生でも、なんだろう、度々「ほう…」と少しの違和感を残してそのたびに日常に沈んでいく、よくわからない鷹揚さとか自信みたいなもの。当然のことを終わらせただけなのに、なんだその「いい仕事しました!」感は、というか。あれ、結構ぎりぎりでフォローさせてたけど謙遜の言葉もないけど、それでいいんだ、みたいな。

 たぶんそれでいいのだ。悪気も全くない。ミスなんて覚えてもいない。だから彼らの表情は晴れ晴れしている。それが羨ましい。

 「インポスター症候群」という言葉は随分前に知ったけれど、女性に多いのだそうだ。詳しくは調べて頂いたらいいけれど、なんとなく自分が過大評価をされているけれど実力は伴っていないのではないか、自分はここにいていいのか、この仕事に値するのか、不安で仕方がなくなり、何かの拍子で詐欺師であることが明かされてしまうのではないかと感じる傾向。

 私くらいさんざん伸び伸び育ってもこいつにしばしば苛まれて、クォリティを上げるのに使えるはずの時間をメンタル快復に使う破目になる。コメントを求められたら反省を入れたほうが相応しいんじゃないかと思ってしまったり、ちょっとのせられると自虐ネタの一つもいわなければいけないような気分になる(京都にいた所為かも)(芸風もあるか)(いや、実力が実際に伴っていないのでは…)。いったいなんなんだろう。記憶を改竄というほどでもない、程よくハッピーなとこだけ残って自信たっぷりな奴らとやり合うには、こんな荷物、邪魔だ。

 というわけで、元は「毎朝、当然のことしてるだけなのに自信満々でハッピーなボーイを着実に製造してます」うしろめたさの話だったんだけどさ、これはいいことなのではないかと思い直したわけです。うん、どんどんやろう。

 むしろ、願わくば、もっと賢くて聞き分けがよく先回りして考えがちなお子たちであっても、誰にでも、当然のことをしてるだけなのに自信満々でハッピーなガールやボーイでいられる環境が与えられんことを。

2024/09/14

足元の話

  先日、3か月ぶりの美容院で「9月なのに暑いですねえ!」の挨拶ついでに、ビーサンから抜け出せなくて!と言ったら、「私も、9月1日だけスニーカーで頑張ってみたんですよねー、けどすぐ戻っちゃって」と自分と全く同じ行動なので笑ってしまった。九月最初の出勤日であった2日はローファーにしてみたのだけど、次の日からまた戻ってしまった。

 ビーサンは集合的概念で、実はビーサンじゃなかったりするのだけど、裸足で履けて楽ちんなサンダルなんでも。ヒールがあったりストラップが細すぎたりするのはたぶんちょっと違う。

 私は以前から少しだけ厚底のアリゾナ?(ビルケンの店で買ったのだがビルケンって書いていないので本当のところ何物かわからないが)を愛用してたのだが、今年の夏からTevaハリケーンを仲間入りさせてる。甲と踵と足首を三点で固定する面ファスナー式のEVAサンダルである。デザイン的に若すぎない?とあらかじめ妹に問い合わせたがOKとのこと。

 これ、めっちゃ軽いし、足の衝撃がうまいこと和らげられるので走れる。金属とか革とか使ってないから子供と水遊びするのにこれ以上ないし、マジックテープだから各種厚さの靴下に合わせて調整できる。ビルケンのソールが、いかにもドイツっぽい健康的気持ちよさに足の持ち主をやや矯正しようとしてくるのに対して、こちらは身も蓋もなく楽。さすが新大陸、しかも西海岸って感じだ。そういえばポートランド行ったときはみんなこんなん履いてたな。足首の前側を固定するのでやや足がむくむが、それすら調節で何とかできる。保育園の玄関もたもた度もローファーやスニーカーとそう変わらない。更にいいのが旅行にそのまま行けることです。もともと踵が固定されない靴で飛行機に乗るのは…と思っていたのが、年明けの事故をみてさらに機動力が大事だという気持ちを新たにしたところ、今回は飛行機の憂いなく、旅先でも暑いさなかに旅先で靴下とスニーカーを履く憂鬱から解放された。

 問題は季節であるが…。自分のルールとしては8月以外は「暑い」だけを理由にビーサンで仕事に来るのはちょっと…と思っていたのだが、いくつか抜け道を作ることにした。

1,夜25度、日中33度を超える日は8月とみなす。

2,足の爪をちゃんと塗ってたら「おしゃれのため」のビーサンと認める。

3,靴下をはいてたら「コーディネートの一部」としてのビーサンと認める。

これでいいっしょ。こうして暑い間さんざんだらだらさせておくからこそ、秋になった時に素敵なパンプスとか挑戦してもいいかなーって気持ちになるってもんです。

2024/09/04

テキストとウェブと危機感の話

 ソフィ・タンハウザー『織物の世界史』(鵜飼まこと訳、原書房2022)そんな暇はないのだけど休憩読書用にしててとても面白い。

 ニューイングランドのリネン、インドのキャラコ、テキサスの綿花。家庭や小さな作業場で行われていた手仕事が巧みに手元から取り上げられて、その代わり、わずかな現金収入のために紡績工場での非健康的な単純作業や借金地獄の綿花栽培に従事せざるを得なくなる。何とも酷いし、悲しいことに見慣れた構図でもある。(今途中でこのあと新疆ウイグルの綿栽培の話になるのでもっと地獄が待ってるはず…)

 なぜか思い出すのが学科会議の「アドビのソフトの利用料金がまた上がるんだけどどうしよう」問題(*)。

 欠陥があるとわかっていてモンサントから遺伝子操作された綿の種を買わなければ仕事ができない、収穫で得た所得の一部はまた翌年召し上げられるってのと何が違うだろうか。「昔は仕事道具はいったん自分のものにしたら修理しながらずっと使えたのに…(もちろんいいのに買い替えることはできるけどタイミングは選べたのに…!)」

 だからやっぱりグーグルフォトに息子の写真の管理を任せてはいけないのだ。「昔は写真は本棚からいつでも見られて、為替変動を気にしながら毎年お金を払わなくても自分のものだったのに…」とならないために。そしてたぶん本を紙で所有することにも意味がある。「昔は本屋がつぶれても一度買った本はいつでも読めたんよ。クレジットカードがなくても買えて、誰がどんな本をもっていようと自由だった。一度手に入れたら当局の検閲で中身が勝手に変わることも、データを掘り返して読書履歴を探られることもなかった…」

 学生サンに「紙の本の手触り・温かみ」を主張されると、授乳中唯一の慰めだったのがキンドルでたわいない短編小説を読むことだった話をしてちょっと引かれる私でありますが(**)、本を自由にしておくためには絶対にちゃんと燃える、逆に燃やさなければちょっとやそっとでなくならない紙の本でなきゃ、と思うのであります。

(*) Adobeというのはアメリカのカリフォルニアのソフトウェア会社で、世界中のデザイナーとかイラストレーターとか映像の人たちが使っているたっかいソフト「フォトショップ」「イラストレーター」とかを作って売っていて、少し前までは買い切りのがあったのが、近頃は利用料を払ってライセンス契約をするスタイル一本にしているっぽく、昨今は円の弱さもあって大変評判が悪い。

(**)これは本当に!今も読書灯をつけると決して寝ない子だが電子書籍に関してはかろうじて寝かしつけと併用できる(日によるが)。あと授乳初期とか大体腱鞘炎で手とか腕が死んでるのでとてもじゃないが本は持てないのだ。ついでに言うと、地方在住で家族持ちだと、夜中に続きが読みたくなった時にフラフラ買いに出ることもできないけれど、電子書籍ならそれが出来る…と、必要に応じて悪魔に魂をチラつかせて利用しております。


2024/08/07

「考え方がちがうんだよね」

 これはちょくちょくおしゃべりする方々には面白くてお話し済のことなのですが。

 何を隠そう、今日は「ママの日」で、昨日は「(坊)の日」であった。つまり明日はまた「(坊)の日」になる。これは、昨日はご飯を食べてパウパトを見てちょっと遊んでからお風呂に入る日、今日は帰って即シャワーに入ってそのあとごはんの用意をする日ということだ。ごはんの用意をお風呂の後でするときには、坊が野菜を切るのを手伝ってくれる時もある。

 夏は湯冷めの心配もないし、保育園の帰りに必ず園庭でそこそこ遊んで汗をかくし、セミの抜け殻やら羽やら拾い集めたりバッタの餌を採集したりするうちにどういうわけかいろんなところに砂も潜ませているから、本当のところ帰ったら手を洗うくらいの感じでお風呂場に直行したいのである。メシの後にすると決まって「まだたくさん遊んでない!」だのなんだのとお風呂を渋られるからそれも面倒くさい。なので、暑くなり始めてしばらくは、「すぐお風呂に入ったら、ごはんのあと寝るまでずーっと遊べるよ!」と誘導してお風呂に入れていたのだが、荷物受け取りがあったか何したかでお風呂を後にした日があったあと、風呂直行を嫌がるようになってしまった。

 「今入ったほうが後でゆっくりあそべるよ」「Tシャツは汗だらけだし、ズボンも砂ついてて気持ち悪いでしょ」「お風呂入ったら涼しくなるよ」「クーラーもちょうどよくなるよ」と説得にかかってたのだが、そこで帰ってきたのが上の言葉。

 「考え方がちがうんだよね」「ままはおふろがさきがいいけど、(坊)はパウパトみてからがいいんだよね」

 そうか。

 私はこの件、夏の生活習慣として絶対おすすめのお風呂先ヴァージョンに説得して誘導するのが正解だと思っていたんだけど、そうじゃないのか、考え方が違うのか。となると、一方の考え方を押し通すのは最適解ではないかもしれない。

 「考え方ちがうときはどうしたらいいとおもう?保育園ではどうするの?」と試しに訊くと、「わからない。ほいくえんではそういうのはないの」そりゃそうか。

 それじゃあ、いい方法を教えてあげることにしよう。「ママはお風呂が先がよくて、(坊)は後がいいなら、一日づつ順番こにしたらいいんじゃないかな?」というと、「それはいいね!」だそうで。

 それから、一日交替にしたり、荷物受け取りとか外食とかイレギュラーのあった時は2日ごとに交代にしたり、なんだかんだうまくいっている感じです。

2024/06/27

これが…以下略!?

  従前。

 このおだてて鼻をかませる方法はなかなかうまくいった。

 しかし、一週間たったあたりで、やっぱり飽きてきたみたいで「そろそろ鼻かみたいだろうからティッシュを渡そうかな~!」といったら、信号が青に変わるタイミングまで待った挙句に「チャンスじゃなくなったよ!」だってさ。

 そして、そのまま細道に入ってくねくねを攻略し終わって駐車場ついて後ろを向くと。

 左鼻孔に左手人差し指、右鼻孔に右手薬指を突っ込んでファニーフェイスをしていらっしゃるではないか…!

 どうやらチャンスを見送った4歳児は鼻孔閉塞問題の原因物質を鼻水でなく鼻くそにカテゴライズしたらしい。思わず笑いながら、見事に収穫された鼻くそのためのティッシュを差し出し、一応わすれずに鼻に手をつっこむと風邪をひきやすいぞ!ちょくちょく手を洗えよ!といったけど、鼻ほじりの快感を知った幼児に届いて鼻ほじりをやめさせるような魔法の言葉があるだろうか(いや、ない)!

2024/06/21

これが「男の子育児」か!?

  いやはや毎日じめじめしますな!家族そろって眠りが浅くなりがちで、そこに朝からじめじめするから機嫌が悪化しがち。

 昨日、朝保育園までの車のなかで鼻をぐずぐずしている息子に「鼻かんだら?」とティッシュを差し出したら、なぜか猛然と怒りくるわれて、「なんでそんなこと言ってくるの!?」と半泣きで怒鳴りだし(なぜ?!)、ティッシュを持った私の手を靴を履いたまま蹴るので(むろん力は入っていないが)、私の方も「鼻が出てるからだよ!蹴らないで!いわれたくないなら言われたくないっていうだけでいいじゃん!」と言い返し、「いいじゃん!ってよくないの!だめじゃん!」と訳の分からない怒られかたをして、つまるところ喧嘩になったわけです。よくある話なんだけど。保育園では機嫌なおしてたっぽいけど。

 出勤前に喧嘩するのはしんどいから、もうすこしうまくやらなきゃな、と思っていたときに、SNS上のくだらん広告で「男の子はプライドが高い。褒めて育ててね!」みたいなのが出てきた。

 …はっきり申し上げますと、こういうの本当にやめてほしい。まるで女子はプライドがそう高くないみたいではないか。

 そうではない。我々のプライドは見上げて先が見えないぐらい高いけど、納得のいかないことで怒られたときに駄々捏ねないだけ。駄々捏ねないけど忘れないで心の中の『臥薪嘗胆ノート』に永久的に記し、機会があれば反撃すべく熟成させてるだけ。

 でもまあ、いい加減育ち切ったおじさんやらお兄さんやらのプライドを守るために「褒めて育てて」みたいな風潮は撲滅すべきですが、4歳児と朝のドライブをうまくやるために一歩譲るのは悪くない。そういえば『男子のトリセツ』でもそういう感じのこと書いてあったな。

 そして今朝。うわー、やっぱ鼻声だわ。「鼻かみなよー」という代わりに、ここで一ひねり。試しに「そろそろ格好いいお兄ちゃんは鼻がかみたくなるんじゃないかな~」「ティッシュ取りたくなったら言ってね~」「あ、信号だ、チャンスだよ~」といったら、なんと!

 「ママ、今がティッシュのチャンスです!」だってさ。これはキタぞ。それだけでなく、そのまま鼻をかみ始めるではないか。私もここぞとばかりに「あら、なんかとっても上手に鼻をかむ音がするな~!」「きっとすーっごくすっきりしてるんじゃないかな」「もう一回やったらもーっとすっきりするんじゃないかな」「うーん!やっぱりいい音!さすが年中さんは違うな~」とこのあたりになると、もう面白くなっちゃってきて何の漫才やねんな感じでオーバーリアクションしていて、そのうちにとっても楽しく保育園に着きました。

 いくら何でもちょろすぎるのではないだろうか?しかしまあ、しばらくは利用させてもらおう。


 ちなみに、「早くして」「いそいで」がなんか気に障るらしいんだけど、近頃は「電光石火だよ!」というと電光石火で動いてくれます。

2024/04/02

着物学び直し

  着物が着たくなったのだが、20年前茶道していた時に教わった着付けがしっくりこないので春のうちに、と隣町の呉服屋さんにワンコインで教わりに行っている。

 たぶん昔教わった方法は(*)、「時間がかかっても形にはなる/どんなに動いても見苦しく着崩れない」が重視されたスパルタなものだったし、ピンと張ったお太鼓至上主義だったし、学生茶道なので衿合わせがかなりストイックで最低限の抜き方だったと思う。お蔭で、今まで留学中含めて楽しみのために着た時にもとんでもない崩れ方をしたり下着がびろっと出たりそれを指摘されたことはないし、水商売みたいとか言われたりもしなかったので「二度と着るか」な気持ちになるようなことはなかった。都度疲れたけど。去年秋の七五三の時も、6時起きで着て2コマ授業したあとで写真館と神社を梯子したらへろへろになったし、今見るとコーディネートにもう一工夫加えていたら…とは思うが、写真を見て恥ずかしいほどではない(たぶん、ヴェリイに載っている最新流行のピエロみたいなセットアップの洋装よりは10年後も安心して見れるんじゃないかとも思ったりする)。ので、なんだかんだ、失敗したときに致命的にならないようなベースを作ってもらったんだなーと思い、そのおかげでまた着たいと思えるのはラッキーなことである。

 今回の着方教室は外せないポイントと遊んでいいポイントを動きながら教えてもらえるのが楽しいし、動きのコツなども参考になる。いつも着物でお店で立ち働いているご夫婦に、楽しいよ、姿勢直ってきたら崩れないよ、と言われたら説得力があるというもの。

 袋帯二重太鼓の前結びに続いて、長めの半幅帯を教えてもらう。運転にもオススメのカルタ結びがうまくきまって、脱ぐのがもったいないけど草履も足袋もないし……と脱ごうとしたら、「紬だしスニーカーで帰って大丈夫ですよ」と!スニーカーに柄のソックス、ショールを羽織って洋服を風呂敷包にして帰りながら、大丈夫とはいってもちぐはぐ感は否めないのだけど、ぶわーっと自由になったような気がして、嬉しくてついコンビニ寄ったりしてしまった。これで半襟を濃い目の色にしたりして、革っぽいシュッとしたスニーカーで、靴下は着物か靴ど同色か敢えてどこか色を取るかしたら、茶色の紬は受け止めてくれる気がする。この先スニーカーを新たに買うときに「着物で和洋ミックスは行けるか」は考えてしまいそうだ。ついでに和装で草履でお出かけのときに仰々しい感じや大人しくしなきゃいけない感じがしすぎたら足袋を色にするのもありかもしれない。どちらもお茶の着方ではありえないことだけど、厳しいスタンダードを一応知識として持ったうえで、敢えて踏み越えられるというのは随分と気持ちのいいことだと思う。…とまあ、格好よさげなことを言っているようだが、着付けの基本の手順も完全に度忘れしていたものがあったし、初めて聞く!みたいなのもあったので、たまに人に見てもらうのは本当に大事だとも思うのでした。

 

(*)先輩のうちに一式持っていって注意点を聴きながら一緒に着る、というのを2回ぐらいやって、茶会練習の時には着て授業を受けたあとタクシーで寺に行くのでまさにスパルタだった。茶会練習だけじゃ動けるようにならんな、と思って1年間お運びバイトをして、それでなんとか動けるようになった。

2024/03/01

さいきんのヒットなど

  四歳児はすごい。ほとんど自在に言葉を使い、周りもそれを自然なこととして対応してしまう。わからないことが出てきたら説明したら理解してしまう。これ2000円で安かったの!などと夫に言った言葉を拾って「せんはひゃくが十個だから高いよねえ」などと言っている。いつのまにか箸が使えたり、いつのまにかハサミで曲線を切っていたり、去年の夏に買ったときにはまだ乗っかるだけだった自転車を半年ぶりに出したら、いきなり漕ぎ始めてブレーキの実験始めたりする。私は車で自転車運んで空気入れただけ。びっくりだ。

ー朝の忙しいとき、私があたふたしながら急いで着替えさせようとしていたら

「ママ、こっち向いて?にっこりして?うん、すごくかわいい!40歳でとってもおおきいね!」

ー朝、私がシャツをずぼんに入れるか出すか迷っていたら

「そっち(入れるほう)はちょっとしぶいけど、そっちのほうがいいんじゃない?」

ー髪の毛伸びてきたなー、と言っていたら

「だいじょうぶだよ。ママ、もうすぐかんざしできるんじゃない?」

ー夜ごはんの終わりがけに

「きょうはさ、おみずがまだちょっと残ってるからとくべつにデザートたべることにしない?」(お酒が残ってるからツマミを出そうとする我々の習性に学んだか)

追記

ーレゴで街を作って遊んでいるとき、灰色の旧式電話の受話器状のものを拵えて

「これから、しんど7のじしんがおきます。じしんのときには、オッケーグーグルの『じしんすとっぷ』のぼたんをおすととまるんだよ。だれでもおしていいんだよ」そんなの本当にあったらいいのにね。

2024/02/16

ファーティマちゃんのおはなし

  秋頃から坊が寝る前の絵本に加えて電気を消してから「おはなし」を所望するようになった。確か最初は電気を消しても一向に黙らない坊を黙らせるために私が始めたもので「とおいところのお話」か「とおい昔のお話」、短めの民話やら、小さいときの思い出話やらでしばらくは一日一つ二つ短編をまとめていたのだけれど、さすがに2か月くらいもするとネタ切れになってきたので連載にすることにした。「これは前の話の続きなんだけど」と言ったら結構覚えていることが判明したし、設定が一度できている方が話がしやすい。

 その中で一番長く続いているのが「ファーティマちゃんのおはなし」である。

 15世紀あたりのペルシャのイスパファンかタブリーズの学問の家系に生まれ、12歳にしてアラビア語とギリシャ語とラテン語を解して家の本を全部読んでしまったファーティマちゃんは、退屈して世界を見に旅に出る。バグダッドの王宮でジャスミン姫とお友達になって支援を得て、コンスタンティノープルでは町で一番大きい本屋で11歳のアリ君と毎日ミントのお茶を飲みながら語らい、アリ君の親戚のファーナ姉さん23歳が絨毯の商いをするための隊商にくっついてヴェネツィアへ。ヴェネツィアでは逆向きに旅をしようとするマルコくんとお友達になり、ファーナ姉さんが絨毯を全部売ってガラス玉とワインカップに変えてコンスタンティノープルに売りに帰るかわりに、船乗りのアルヴィーゼ君28歳とアメリゴ君28歳と一緒にローマを経由し、教皇庁の図書館を見たり教皇とおしゃべりしたりしてマルセイユへ(途中ジェノヴァの18人の海賊に襲われるが機転を利かせて8人に寝返らせる)。アルヴィーゼ君たちが8人の水夫たちと一緒にアメリカの方に行くので別れて版画職人のマルティンさん43歳と奥さんでお人形作家のヨハンナさん34歳と一緒に北上してパリを目指し、しばらく過ごしたあとバーゼルへ、バーゼルの工房に夫婦が落ち着いたので、そのあとトマスさん50歳とハンスさん30歳と一緒にロンドンへ。今は結局アメリカ大陸まで来ている。

 いちいち、新しい街で出会った人とお友達になってお茶とお菓子を食べたり、おいしいものをたくさん食べるパーティーをしたりするし、たまに新しいお洋服を作り、旅の途中ではしょっちゅう襲われて、そのたびに色々な方法で撃退したりお友達になったり、お友達になった人が身の上話をしたり、長い手紙を送ってきたりするので、時空が飛びまくっててネタ切れにならないしとても楽しい。問題は名前が思いつかなくて適当に世界史のうろ覚えから引っ張ってるからアテネの学堂状態(というとよく言いすぎか)なのと、その都度年齢設定をさせられるのを覚えるのが大変で、そろそろ設定ノートを作らなければならないのではないかと思ったり、でもそれも負けのような感じがしたり。でも年齢だけ本当に覚えていられなくてこまる。

2023/11/06

急激に備後弁スピーカーになる

  言葉の話である。

 学生時代京都で過ごした時には、サークル活動とバイトとで関西弁話者に揉まれたおかげで結構すんなり軽めの関西弁(京都ー滋賀系)を話せるようになった覚えがある。とくに、バイトで、京都周辺の人々の言葉で教えられた内容を、また、京都周辺の人々に教える、という流れがてきめんに効いた。それでイントネーションを習得できたので、たぶん大学院のころには、よその人には「京都滋賀あたりの人が標準語でしゃべってるけど少し地元の言葉が出ている」くらいに装うこともできる感じになってたんではなかろうか。もっとも、関西の人々には独特の会話の美学みたいなのがあって、わざと回り道を楽しんで掛け合いの様式美を追求するみたいな、あれは最後までよくわからなかったけれど。あとは細かくは「いる」と「いてる」の違いも納得のいく説明に出会ったことがない(三重・和歌山方面の人が多用する印象なのと、てが入るとやや完了形っぽいニュアンスがあるような感じがするが)。「乗れへん」が結局のところ「乗れない」のか「乗らない」のかは、京都か大阪かで違うということを知るまで適当だった(大阪では不可能な場合は「乗られへん」のだそうだ)。

 瀬戸内に来て数年間は、せっかく広島県にいるのに全然言葉が身に付かなかった。学生や教員仲間をはじめ、普段やりとりのある人たちが、関東・関西出身者が多かったりして、地元の人と言葉が移るまでじっくり話す機会がなかなかなかったのが大きいし、社会人になってしまうと敬語のやりとりが中心になり、方言が出にくくなる。

 それが、子どもが保育園に行きだし、そのうち言葉を流暢に操るようになると、俄然、土地の人と気軽に話すことが増え、まずは子供が、そして私が、最近は夫も「~しとる」「~できん」「~じゃけ」などと使いだした。イントネーションは標準語に近いので、覚えだすと大人も早い。しかも、日常言葉なので使いやすい。子供は「~しょーる」(備後現在進行形とか備後ウムラウトと一部で呼ばれている、「しとる」よりもさらに同時性が強いらしい表現)とか、「~じゃけん」(「ん」が入る方が断定的で、よそ者には抵抗が大きい。関西弁で「~やし」はいけても「やで!」はよういわんのと近いか)とか使いこなしているし、今や「見て!」より「見よって!」と指示されることが多い。私は私で「~なさいましたか?」を「~しはったんですか?」くらいに尊敬表現を残したまま少し親しみを込めて使いたいときに、備後の人がつかう「~しちゃってですか?」(たぶん)をそろそろ使ってみたいな、などと思っている。

 ところで、土地の言葉は、方言として有名な語尾表現や語彙よりも、微妙な活用の仕方など、無意識なところが面白いと思っている(し、例えば国語の時間とかに直すのに苦労するのもこちらなのではないだろうか)。

 例えば、無意識に使って「なにそれ?」と言われることが多い北海道の表現として、方言研究者とかじゃないけど勝手に「道民自発」とか「道民再帰代名詞」と名付けたものがある。事例は有名な「押ささる」。ボタンは押さなければ押ささらないはずなのに、道民は日常的に、「確かにボタンを押しているのだが自分の意志でというよりはボタンが勝手に押ささっている」ような事態に遭遇するのである。これはロマンス諸語の再帰代名詞に近いと思う。あと、同様に自立を重んじる北の風土は余所で他動詞遣いしかしない動詞の自動詞形を編み出した。すなわち「おだつ」。内地の人が「おだてる」ことはしても自主的に「おだつ」ことがないと聞いたときには驚いたものである。

 備後弁で同様の難しさがあるのは「れ入り言葉」じゃないかな。あまりに自然に使われているので、違和感に気づくことさえすごく難しいのだけど、可能表現の「れ」がなんか余分に入っていることがあると思う。いわば、「ら抜き言葉」の逆である。「遊べない」が「遊べれん」(あそべん、ではないのか)、「行けない」は「行けれん」(いけん、でよくないか?)、シューズは「履けれん」のであり、これら大体否定形で使うことが多いけれど、「シューズ、自分で履けれる?」のような表現も聞く。

 ちなみにこの「上履き」を意味する「シューズ」も、少なくとも自分が上履き使っていた時にはついぞ聞いたことのない表現であり(身の回りでは「うわぐつ」であった)、備後限定なのか中国地方で広く使うのか、案外西日本では常識なのか知らんけど、保育園玄関で会ったおなクラボーイに「その靴、ピカチュウじゃん!」なんて褒めてみようものなら「靴じゃなくてシューズだよ!」と訂正される程度には人口に膾炙しているっぽいのである。