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2018/12/09

狂っているのはわたしか、世界か

 …というと、何を大仰に嘆いているのかと思われそうだが、ボールペン問題である。
 私に言わせれば、諸悪の根源はパイロットの方針である。かのメーカーはHi-Tec-Cの0.3mmというとっても美しい線を描くペンを作る技術がありながら、それを持ちやすくつぶれにくいように改良するのではなく(ずっと書いていると肩が凝ること、一度でも落として打ちどころが悪いと再起不能になることが20年来この愛すべきペンの欠点であった)、あろうことが「消せる」ボールペンなどという存在からして矛盾した代物を開発して市場を席捲せしめたのである。言うまでもない、フリクションのことだ。無論、矛盾は文明の動力である。例えば冬なのに暖かい部屋。もっと言うと冬なのに暖かい部屋でアイス。けど『ダークタワー』の世界のように紙が希少高級品だというならともかく、ボールペンの文字が消えるメリットがどこにあろう。大体、我々があえて鉛筆でなくボールペンを使うのは、消えてはならないことを書く時ではないのか?このサイン、温めたら消えるんですぜ、旦那?とはいえ無駄は文化の精髄であるかもしらん。銭湯の富士山も図書館の天井画もなくちゃいけないってものでもないのだし。
 というわけで敵の存在自体は鷹揚に許容するに吝かではないのだけど、問題は具体的で差し迫っている。つまり、私の住んでいる尾道というのが、日曜夕方にタコスパーティーをやろうとするとちょっと買い出し大変だけどいわゆる普通の生活には困らない、くらいの程度の町なのだが、私の一番欲しいペンはその中の一番大きいスーパーの文具コーナーで、ありあまるフリクションを越えてたどり着いた棚の端に一本か二本あれば僥倖、して大概の場合は、私かだれか(多分一人か二人いる)がそれを買い占めた後に補充されていないから無い、ということになる。
 とはいえ、そんな私にもハイテックシーから乗り換えてもいいかなーと思えるような文具が12年ほど前には登場していた。しかもこちらは、手帳に挟める三色ペンや書き心地の良い高級タイプなどのヴァリエーションも豊かに時を経るごとに人口に膾炙し、当面は大きな文具屋を探さずとも補充に困らなそう。その名もジェットストリームの0.38mmである。黒と青があればノートを取るにも印刷物に書き込むにも目に優しく、特に、Hi-Tec-Cの0.3mmの青などというのは私の行動範囲から絶滅して久しいので、徐々に鞍替えした後は青と黒が3:2くらいの割合で着々となくなっていった。
 ところが、このジェットストリームの替え芯、どこにでも置いてありそうなのに、家の近くの本屋の新設文具コーナーを見たところ綺麗に0.38mmの青だけ、三色ペン用のも独立タイプも、販売什器の中に場所さえ用意されていないのである。0.7mmとか(私の偏見によると)誰が使うのだと思うようなものは場所もしっかり確保されて綺麗に色も揃っているのに…。いつのまにみんながみんな太字のペンを使う世の中になってしまったのか。わざわざ芯の丸くなった鉛筆を使うようなものではないのだろうか…?いや、洗練とは時に真新しいものやシャープすぎるものではなく、こなれたものに美を見出す姿勢でもあるわけだけど。例えば使い込んで艶の出た革製品とかね、まあいろいろあるけどさ。そんで結局は隣町に車を走らせることになったわけです。さて、狂っているのはわたしか、世界か。