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2020/05/21

とてもいい気分で布を買った話


 この布を買ったのは去年の初冬、風情は巣鴨だが地名は銀座という商店街の中心に、三番館というこれまた五番街なんかを意識したような名前のデパートがあるのだが、そこが北海道旭川市内にあって阪神タイガース応援歌が流れ、アウトレットという言葉が人口に膾炙するずっと前からちょっといいものが驚くほど安くなったりする不思議スポットで、地下の絨毯売り場ではギャッベだのキリムだの何十万するベルギーやらトルコやらの絨毯がぞろぞろ並んでやはり謎の値下げが行われたりする。母はそこに赤ちゃん布団のための着物地を探しに行って9万の値札の付いた色無地の反物を三千円で買ってきたことがある。
 その日は、中の布屋が二割引きだというので、赤ちゃん用品の材料でも見ようと妹と遊びに来たのだった。ちょうど隣には高校の時によく食べたたい焼きとお焼きの店があるし。そこで見つけたのがこの布。ごくごく薄い織りのインド製の綿ローン。
 そういえば2012年から気に入って使っていたインド綿のストールが、いよいよ傷んでワカメみたいになってきたので、前の年の夏から代わりを探していた。年中、首や肩に何かしら巻いていないと落ち着かないのだけど、金属でかぶれやすい夏場にアクセサリーがわりにするならコットンや麻に限る。特にインド綿は、汗をかいても食べこぼしてもじゃんじゃん洗濯出来て、畳むと小さく、薄いけれどそれなりに冷房よけにもなり、イランで髪を隠すのにもほうぼうの宗教施設で肌を隠すのにも使えたし、なんならホテルのお風呂で手洗いしても次の日には乾くので頗る重宝だ。そして、これだけ旅先で重宝なものは、つまり日常的に頼れる奴ということである(*)。
 探していたのはストールだったけれど(いや、そもそもは赤ちゃん用の可愛い二重ガーゼなんかを探していたのだけど)、安くなっているし、布でもいいかもなー、と布のぐるぐる巻きを物色していると、お店のマダム。
 ーーそれは綿ローンっていって、夏物の生地なの。今の時期はあまり出ていないけれど、夏にドレスやなんかを作るの。薄物だから涼しくて綺麗でいいわよ。ローンでワンピースとかドレスとか作ると、30万円くらいするのよ。グッチとか、ああいうところでね。
 ほう。グッチが30万のドレスを作る布、と来たか。
 セールストークもここまで壮大だと、かえって志が高くて背筋が伸びる。ちょっとうれしくなって、その時に首に巻いていたマフラーと同じ長さをもとめた。180cmが1200円かそこらで、グッチが30万のドレスを作る布が買えてしまった。
 なにせドレスも作れちゃう素敵な布だから、ビーズなんかつけたりしてもいいかも、などと少し煩悩がよぎったけれど、当初の予定通り洗えるインド綿のレギュラー使いができるよう、大人しく両脇(耳から少しのところ)にロックミシンをかけ、端は切りっぱなしに。
 そんなわけで三番館は今回もなかなかいい味出てたのでした。

(*) 1-2週間くらいの旅の荷物にもっていきたいもの=普段のレギュラー、という感じが望ましいと思う。

2020/05/08

その赤子、県知事につき -育児雑感(5)-

 産後の女性は、2-3時間おきの授乳(*)に備えてホルモンバランスが変化するので、一瞬にして深い眠りに就き、あるいは目覚めることが可能であるらしい。確かに、私はもともと布団に入ってから眠れるまでに平気で一時間以上かかったりするぐらい寝つきが悪いし、寝覚めもいうまでもなく悪いほうだったのが、極度の睡眠の欠乏からか何からか知らないけれど寝ようと思ったら七割くらいの確率ですぐに寝られるようになったし、起きるのは相変わらず辛いけど辛いなりに何とか目覚められているので、うっすらとそういうものなのかもしれない。
 ただこれ、毎日やっているものだから、いい加減身体の方もうんざりしてきて、きっちりあるべきところに目覚めたり眠ったりせずに、変な隙間に入り込んでしまうことも多々あるのである。

 昨夜の設定では、我が子はどこかの県知事だった。

 思うに、ニュースで近頃、都道府県レベルの意思決定が盛んに取り上げられているのが、頭に残りすぎてるみたいだ。一応正確を期すと、どこかの実在の知事が自分の子になっていた、ではなく、子が、彼自身のままで知事職に就いているという設定である。

 夜中1時の授乳の数時間後、どうしても自分のベッドは嫌だというので隣に来ていた子が、もにょもにょと蠢き始めたらしい。腕を上に思いっきり伸ばしたり、首をぶんぶんと振る気配で、私の意識もなんとなく浮上してくる。
 うーん、やっぱり朝までは寝てくれないか。
 薄目を開けてみると、目をぎゅっと閉じたまま顔をくしゃくしゃにしている。こんな時に知事なんてやってたら仕方ないね。重責が違うもの。よしよし、大丈夫だからね、とダメもとで声をかけて、トントンして、再び眠らせようとしてみる。
 ああ、駄目だ、足バタバタも始めた。驚異の腹筋で身体を折り曲げ、足はほとんど頭上に届きそう。おむつは膨らんで、脇腹や背中には汗もかいている。だって、大変だもんね、緊急事態とか言うだけ言って国もなんもあてにならないし。よし、おむつ替えからだな。おくるみはくしゃくしゃに丸まってどこかにいってしまったらしい。これも、多忙を極める知事業ゆえだ。
 いよいよ私が気づいたことに気づいた子は、「あ!」「あう!」と声を上げてさらに注意を引こうとする。これで、コロナ禍のさなかに各方面への調整をやってのけているのだ。お腹も減ろうというもの。
 世の中、いいおじさんになったような人が知事やってるようなところもあるのに、この子は本当に頑張ってるのだ。ほかに赤ちゃんのところってあったっけ。みんな凄いよね。

 スマホをみると4時過ぎ。
 よろよろ起きだしながら、ようやく、ここにいる赤ちゃんがどこかしらんが県知事というのはおかしいということに思い当たり、粛々とおむつを替え、記録のためのタイマーアプリを起動して授乳する。



(*) ここで2時間と3時間をまとめる乱暴さよ!授乳間隔2時間と3時間には天地の差がある。2時間だったら1時間も眠れないけど3時間あけば1.5時間くらいはしっかり眠れる。もう少しあいて3時間眠れるとだいぶん楽だ。1か月と1週間が過ぎたときに、初めて4.5時間続けて眠れた時は、本当に身体が軽くて、頭のなかの霧が晴れたような感動があった。3ヶ月くらいから、週の半分くらいで4-5時間続けて眠れる回が出てくるが、なかなか安定しない。1か月かそこらから人間並みに眠らせてくれる子もいるらしく、羨ましいことこの上ないが、他の万事とおなじく、これも凄く個体差が大きいみたいなので、恨みっこなしですねえ。