Pages

2015/07/14

「どなたがハイヒールを発明してくれたのか存じ上げませんが、女性は感謝の念に堪えません」

表題はマリリン・モンローの名言らしい。
 彼女の映画『お熱いのがお好き』が大好きで、マリリンの膝下スカートから除く美脚を、後ろに縫い目のある絹のストッキングとハイヒールがラッピングしている様子のセクシーさったらない。この中では主演の男子二人、ジョーとジェリーが女性ばかりの楽団に雇われるために女装してハイヒールに苦労するシーンが出てきたりします(そしてジェリーが階段をふらつきながら昇るその足首を億万長者に見初められる)。

 男性が1日ハイヒールを履いてみたらというトピックを見て、そこかしこの女性たちが、ハイヒール、化粧といった体力も財力も喰う「身だしなみ」を「失礼がないように」「マナー」として装備しなきゃいけない状況の不条理を訴える様子に、またまた疲れてしまった。
 人が無理を耐え忍んでいる様子を見るのはつらいし、そうしなければいけない状況があるという事実につかれる。中高の制服あたりから大多数の女子が不自由を当然のこととして育っちゃって、あきらめムードが余計に無力感をあおる。
 送り迎えのお車から席に座るまでの間、多くの場合支え(男子)付で歩くレッドカーペットの上でも、ヒール強要は変じゃないかっていう議論もちょっと前にあったくらいなのに(カンヌ映画祭ではハイヒールがマスト?)、仕事だったらなおさら邪魔なときの方が多いだろう。
 
 幅広甲高のおおきめの足が短い脚にくっついた私が、自分に合う靴を見つけるのは結構難しい。「アミはいつも靴を探している」と言われるくらい靴が悩みの種だ。しかも、タクシーからレッドカーペットの上を歩けばいいのではなく、どんなにお洒落だけするときにでも展覧会1つと常設展位歩けるか講義2つくらいは出来るようでなければそもそも出番がない。…と、それでもあきらめずに常に探しているので、靴について語るとなるとどんだけでも語れる気がするが、大事なことは、ハイヒールが大好きだけど、あれは嗜好品で、マナーとして暗黙裡に強制されるもんじゃないだろってことだ。

「ハイヒールを一足頂戴。それさえあれば、世界を征服できる」とはマドンナの言葉。
 普段の機動力を抑えるための纏足じゃない、満を持して天下を取るための武器であってほしい。てのはまあ、言いすぎかしらね。でも、誰にとっても。なんなら男子もたまに使ってみるといい。ほんの7cmでも、視点が上がるってかなり気持ちいいから。

2015/07/13

地盤上の心理的な戦い

 まだ暗いうちなのに、何か目を覚まさせようとする者が頭をもたげてきて、まだ早いよ、暑さで夜中に起きる時期じゃないよ、寝てようよ、と念じながら薄目を開けると、一拍置いて建具が静かに音を立て始める。
 それほどじゃないな。前回初めてこの家で地震に遭遇したときは、震度4に近い3でかなり長く、その間に勢いが強まるタイプで不安が掻き立てられた(慌てて南海トラフについて調べ始めた)が、今回はそれほどでもないのがすぐにわかった。本棚は廊下にあるから私の身はとりあえず安全。目をしっかり開けて、耳を澄ましているとやがて揺れが収まった。
 ipadで天気予報のページを開くと既に速報が出ている。震源という大分県が思いのほか近いのに驚く。機会がないとこちら側を中心に日本地図を見ることがないから、九州は十把一絡に南の島というイメージだが、瀬戸内海と伊予灘を囲むようにしている大分・愛媛・広島三県は実はお隣なのね。
 兎も角、まだ三時だから眠らなければならないと思って、汗をかいてしまったのでTシャツを替えて一時間だけ冷房をつける。と、視線の先に白い大きな直方体状の塊が浮いているのが見えた。
 …や、いやいやいやいや…。
 本棚のことしか考えていなかったけれど、夜中に大きな地震来たらもっとマズいもの、あるじゃん。丁度頭の上に設置されている、エアコン。
 さて、困った。これが万が一落ちてきたら、顔に直撃だ。この程度でどうにかなるような美貌じゃないけど、緊急時に鼻の骨が折れているとかは大変そうだな。頭を打って意識をなくしたら逃げ遅れるかもしれないし、脳震盪で記憶をなくすかもしれない。どう配置換えしたら少なくとも頭に振ってくるのを防ぐことが出来るかしらん、今日のところは枕を逆にした方がいいのかなあ、と、霧ケ峰(家にもともとついていた)をにらみつけて、しばし。
 しているうちにどうやら眠ってしまったようで、寝ている間に霧ケ峰が降り注ぐこともなく、今日も元気です。

2015/07/12

夏が来る

 梅雨あけと台風が重なってまだうじうじしているようだけど、この空気は、一瞬の日差しの強烈さは、夏が来ているに違いない。毎年思うけれど、祇園祭って素晴らしいタイミング。祭りが湿気を追い払うと言わんばかりに、律儀に15日前後から本格的に熱くなる。
 こちらの土地でもあらゆる植物のエネルギーが里山の一車線の道なんてあっという間に埋めてしまいかねないくらいの勢いで渦巻いている。アジサイの頃の甘い香りにかわって、むっとするような湿気と青臭い匂いが充ちている中、散歩している途中に両側には、一旦は征服した自然に抗い続けることをあきらめて、大人の背丈を簡単に越えてしまうような植物の繁茂する空き地になってしまった元・畑がちらほら見える。一応舗装されている山道の両側から草や蔓がこぼれ出ていて、その下に、本当に目を凝らさないと見えないような擬態でマムシが潜んでいたりする。頭の側を窮屈に折りたたんだその姿は、すぐに跳躍出来るようにバネを溜めているみたい。1mは跳ぶというんだから恐ろしい。
 軟弱な私は一時間も外にいて部屋に入ると、冷房の有難さに心底ほっとする。けれど、軟弱さも筋金入りだから、冷房にあたりすぎると今度は頭痛やら肩こりやらに悩まされることになる。毎年身体のむくみが気になるのもこの季節で、どうしたらパフォーマンスを保てるのか考えどころだ。

2015/06/15

スイッチが、オフだぜ

 これは少し前の話なのだけど。
 妹から再三勧められていながら未読だった『宇宙兄弟』を何かの拍子で読み始め、あんまりおもしろいので既刊分読破してしまった後のこと。
 報告して、ついでに感想戦やりあうまでが漫画の愉しみというやつでさ、やっぱり最終選考の時の密室だよね、いやいや、などとまずは緒戦、「名場面」編で剣を交える。そののち彼女は「いいことたくさん言ってるんだよね~、迷ったときは楽しい方を選べ、とか」とシャロン博士の言葉を引いて、感想戦中盤「名言」編にコマを進める。そののちには、「名脇役」「名擬音語・擬態語」「名アングル」「名表情」「名伏線」「名未回収のプロット」と幾多のステージが待っているわけだが、「名言」の話にしましょう。
 私にとって超弩級は、「俺の敵はだいたい俺です」と決まっている。出所は十一巻後半、宇宙飛行士候補生(アスキャン)として訓練中の六太が上官のビンスに、君の敵は誰か、と訊かれた時に、有人宇宙開発を邪魔するマスコミ、科学者、ロボット業界、天文学者などの候補を退けてこう答えるのだ。続きはこう。「自分の”宇宙へ行きたい”っていう夢をさんざん邪魔して、足を引っぱり続けたのは結局俺でした。他に敵はいません」
 私はこの部分、何度読んでも響いて仕方がない。

 自分の邪魔をする自分というと、論文読むときに漫画を読んだり、筋トレすべき時にドーナツを食べたりする奴のことかと最初は思うんだけど、そっちの阿呆のことではない。
 その阿呆の後ろにいる、もっと賢くて、目端が利き、分別があり、未来のことをよくわかっていそうな奴のことだ。
「おまえがちょっと頑張ったところで出来ることじゃないんじゃないの?」
「そんなことやって誰が喜ぶの?」
「調べても答えは出ないんじゃないの?」
「つながってると思ったのは勘違いじゃないの?」
「どのみち評価されないんじゃないの?」
「何の役に立つの?」
…いかにも正しい顔をしてそんなことを囁いてくる奴だ。その所為で、本当んところちょっと面白いけど大変でスリルがありすぎて不安にもなるし畏怖もするような過程全体が、現世的な不安の塊にしか見えなくなって、安易な逃避に走ってしまうんだよね。しかも、世の大勢の意見は(少なくとも目に入ってくる嵩の大きいのは)こっちに近い。げに、雑音ばかりで軸足の置場を勘違いしそうになる、勘違いしているのは私だと思い込んでしまう、思い込まされているのはどちらだ?何のために?
 安心しよう、そいつは未来のことなんか何にもわかっちゃいない。

 二週間前に色々終わった瞬間からしばらく、なんの文章を読んでも好奇心が湧かず、絵の前に立っても言葉が出てこない、挙句の果てに気晴らしに手に取った活字の中身も頭に入ってこない、映画を見ても場面を思い出せないという状態で、機械的に論文読んだり資料整理したりしてたのだが、やっと好奇心が復活してきたらしい。
 そうそう、漸くスイッチがオンになってきた。
 文章という文章が書けない時は駄文さえ書けないものなので、今は駄文を書いていることもうれしい。

2015/06/13

さっぱりしたいので

 梅雨入りの所為か何のためか、本業、生活、プライヴェート、どれをとってもなんとなくモヤモヤとしていて見通しが立たないのに、いい加減嫌気がさした。
 目下最重要課題はちょっとやそっとではびくともしないから、せめて目の前にある宙ぶらりんなものたちを片づけようと、ブランチに薄いコーヒーを大量に流し込みながらまずは旧パソコンからデータを完全に移行する。2009年からよく頑張ってくれた白のラップトップは、ここのところとみに遅くなって(去年夏に新しいノートを手に入れたあたりから顕著に…やっぱ浮気ってばれるわね)たまに開いても思うように手になじまず、ただ半端に移行していないデータのために家の机の一部を占拠していた。データで膨らんだ遅いマシンから写真やpdfをポータブルHDDに移し始めると、七時間だかかかるらしいので、その間に働くことにする。
 シーツと枕カバーを替えて洗濯に取りかかり、普段使いの物ばかりなので、漂白剤も入れて殺菌、併せて家中の水回りのぬめりを除去し、排水溝を掃除、トイレと台所の床の水拭きして、風呂掃除をデラックスで行い、洗濯物を干し、棚の上に積もった埃を除去し、掃除機をかけ、鏡を磨き、もう使っていない化粧品を捨て、第二弾にエマールで洗濯機を回し(信じられないことに、まだ仕舞っていない毛糸の物があった)、電気ストーブを押し入れにしまい(信じられないことに、まだ出してあった)、漂白剤の散文的なにおいを消すべくゼラニウムの香油をアロマポットで焚くうちにデータの移動が終わったようなので旧ラップトップを押し入れに入れ、たまっていた処理済の領収書の類を封筒にまとめて机を水拭きした。だいぶんすっきりしたついでに、みすぼらしくなった下着をいくつか捨て、だめ押しに、もう破れかぶれだけれど昔はずいぶん気に入っていたのでどうしても捨てるところまで踏み切れず、幸か不幸かここの日常にはあまりときめくような場面はないのだが、そんな可能性があるような日には間違っても履かないだろう靴を二足処分した。
 滞っているときに水回りの掃除をすること、靴を買うときには古い靴を処分すること。この辺は昔の同居人の方針であって、私は忠実に守っているわけではないが、たまに真面目に実践してみると効果の絶大さに恐れ入る。
 論文を読んで、まともにピアノの練習をして少し汗をかいたついでに家の周りを走ってみる。走るのに関してはだんぜん、山の中の方が気持ちがいい。