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2020/04/12

長く、生々しい話。-育児雑感 (3)ー

 子供生まれてから、「思てたんと違うことってあった?」としばしば訊かれる。実はこの件に関してはあらかじめ何か考えてなどいなかったので、「予想と違う」というより、ぼんやりとフィクションで知っていた「イメージとだいぶん違う」って感じですかね。強烈なのは誕生前で二つあるけど、今日はひとまず一つ。

 すなわち、陣痛的なやつから実際に分娩に至り、かつ生まれる、というプロセスまでの長さだ。漫画やドラマとかで「うわ、きた!」みたいになって、ひとしきり痛そうにして、次のシーンで「おぎゃあ」っていうやつがあるけれど、演出上仕方がないにしてもあの端折り方は有害だ。

 そのぼんやりとしたイメージは、けれど大体は、妊娠後期の母親学級で「初産婦は12-18時間くらいです」とか「人によっては三日くらいかかります」とか言われて、どうやら長いぞ、くらいに更新される。ついでに「そのうえで薬を使って誘発になる場合も」とか「結局切開になることも」とか、「陣痛だと思って頑張ってたのにおさまっちゃって帰された」とか「薬が効きにくくて二日目(と三日目)に仕切り直しした」とか、あるいは「痛みに耐えられるうちは歩いたり買い物に行ったりお風呂に入ったりして」とか「歩けなくなってもまだ転がっちゃだめ、あぐらで!」とかいう話を聞いて、お、おう…、となって、この時点で通算12回目くらいに「よく人類ここまで続いてきたな」と思いながら気を引き締めたりもする。
 そうはいっても実際に痛みが付き始めると、夜は眠れないし、「まだ余裕なんだろうな」と思いつつも間隔も気になるし、何かほかのことに集中しようにも不可能なので、「そこそこ進むまで普段通りの生活を」なんていうのはまあ、絵にかいた餅だ。私の場合は、十日前に壮絶なお産を経験した妹とそれに立ち合った母が居たので、ほとんど強制的に極力普段通りの生活というのをできるだけ実践するみたいになったのは結果的にひょっとしてよかったところもあったのかもしれない。だからと言って楽ではなかったが。というかよくてアレなのか。

 規則的な痛みが満月の深夜に始まり、夜中のうちに破水疑いで一度病院に行って、前駆陣痛だろうと帰され、ひとまずは横になって痛みをやり過ごしながら夜を明かし、ちょうどその日の午前に健診だったので病院に歩いていき、「この感じだともう入院してそのままお産になることが多いけど、治まっちゃうこともある、どうしますか?」と訊かれて「近いので帰ります」と、一応始まらなかった場合に翌週誘発を行うためのサインだけして歩いて帰ったのがお昼。家でパスタを食べたのはいい選択で、病院食よりは格段に元気が出たのじゃないかと思うが、その後一時間ほど痛みの合間にうとうとして、まだ昼間だけどお湯を張って風呂に入り、いい匂いのボディオイルでお手入れとかしてるその時点でもう深呼吸とかでどうにかなる痛みではなくなっていたが、犬を抱いてうずくまっていると、「陣痛が消えちゃうから動いたほうがいい」などと言われて階段の上り下りを試み、吹き抜けに干してある洗濯物に顔を突っ込んでうなったり柱に抱きついたりしながら、あるべきイメージとしては呼気の勢いに載せて力学エネルギーを周囲のモノにじわじわ逃がして持ちこたえるところだけど、実際には諸族が頑張ってどうにか持ちこたえている城門を改造オークの軍団が矢鱈巨大な破城槌でぐわぐわ押してくる感じの痛みに対し、「来い」と「やめてくれ」の入り混じった頭ぐるぐる状態で耐えていた。

 痛みは怖いし嫌だが、ここで痛みが遠くなってしまったら来週もっと痛い(らしい)誘発になる(し、その間にも中の人はどんどん大きくなってしまう)、と打算にまみれた複雑な精神状態は、多かれ少なかれ分娩態勢に入るまで続いた。美術史をやっていると、しばしば遭遇するのがローマ帝国支配下の初期キリスト教時代に弾圧されて殉教した聖人の話で、切る刺す打つ炙る、から、腸を引っ張るやら歯を抜くやらまで無限のヴァリエーションの拷問のなかに、彼ら彼女らは進んで飛び込んで行く。だけでなく、恍惚のうちに更なる痛みを求めたりするかのように記述されるものだから、どんな変態だよと思っていたけれど、彼らもまた棄教や地獄の恐ろしさに比べてマシな現世的な痛みを選んだうえでやっぱり後悔しながら「もう無理ー!でも地獄はもっと無理だからお願いします―!」とか言ってたんかなあ、などと考える。考えて気が紛れるわけでもなく。

 結局、夜ご飯の席についたとき、テーブルの上の皿と料理をすべて腕で薙ぎ払って溢し尽くし割り尽くしたら幾分マシになるんじゃないだろうか、と思ったので、次の瞬間「もう無理だから病院に連れて行って」と家族に頼んで車で送ってもらうことに。産院について助産師さんに診てもらうと、子宮口は7cmまで開いていたらしく、よく我慢したと褒められた。ちょっと希望が持てた。
 しかし、それから6時間。ここはなんかもう、思い出して書くほど傷が癒えてないところだ。耐えるとか向いてないし、そもそも痛みは苦手なんだ。でも痛みが得意な人間なんているんだろうか?

 結局、痛みが始まってから24時間、母子手帳に書かれた時間にして12時間というのは、初産婦としては別段に長いわけではない闘いであるらしい。だが、長い短いなんていうのは所詮、時計の区切りに過ぎない。

 さっき殉教聖人を引き合いに出したのは、別段の飛躍でもない気がする。というのも、よく子宮収縮の痛みに関して、「お母さんが耐えられるようにちゃんと少し間隔があいています」とか「ちょっとずつ強くなるので慣れてきます」とかお砂糖振りかけた説明がなされるのだけれど、待てよ。「間隔をあけて、少しずつ強くなって、ぎりぎり意識を保てる程度には耐えられる」痛みって、つまり拷問じゃん?非人道的じゃないん?何故、こと妊娠出産となると「病気じゃないから」って何かと「耐えろ」になるのか。病気じゃなかろうが結構立派な症状あるんですけれど。やっぱり「人道」の「人」もManの方なわけ?全く、人間がみんなコレを経験することになっていたらもっと違う方策があったと思うし、少なくとも集団の意思決定に関わるほうの半分がコレを経験することになっていたら、全く違うプロセスになっていた気がする。

 いや、本当に、人類よく続いていると思う。

2020/04/06

and decide to create a dream come true ー育児雑感(2)ー

 「夢のような瞬間」というのは、人生のそこかしこに散らばっているものだけれど。
 何度も反芻してしまうのは、子が生まれた数時間後の、朝のひとときだ。

 長い闘いのあとで、初めて対面したのは深夜を回ったあたりだった。風も結構強いタイプの吹雪の夜だった。そのときには、とにかくまずは「終わったー」で、感覚も感情もメーター振り切って、笑ったり泣いたり、もう大丈夫ですよとかすぐ終わりますからねとか言うけど全く大丈夫でなくずいぶん長くかかる様々な処置に耐えたり、ほっとしたり、その底に恐怖がまだあったり、ぐちゃぐちゃで何がなんだか正直よくわからないような感じだった。
 その後随分してから部屋に移されて、一人になって、休むように言われる。寝返りをうとうと身じろぎするだけで身体がばらばらになりそうで、かろうじて枕元にあった水とチョコレートを口に運び、眠れないながら目を閉じている二時間くらいのうちに、身体と頭がゆっくりと冷えてきて、朝が来た(あとから知ったけど、かなり酷い貧血だった)。

 預かってもらっていた子が、コットの中でバスタオルに小さくくるまれて戻ってきた。寝ている状態でも、透明のいれもの越しに帽子をかぶせられた小さな頭と、ぎゅっと閉じられた目が視界の端に入った。取違いようのない、強い眉。
 魔法みたいだった。本当に、いる。
 頑張ってベッドの柵に手を伸ばし、よろよろ身体を起こすと、丸いバスタオルおくるみの全部が目に入った。小さく息をしている。冷たい身体を満たしている壮絶な空腹と倦怠感と頭痛の真ん中に、陽の光が当たったような幸せがじわじわと沁みていくのがわかる。
 夢じゃなかった。

2020/03/23

昔はものを思はざりけり ー育児雑感(1)ー

 色々あって、ものすごく長く間があいてしまった。
 今は、週末に生後百日を迎えた息子の寝ている隙を狙って、このページを開いてみようとしている。
 とはいっても、ここに何か書くような余裕はなさそうなのだけど。里帰り先から移動し、初めて住む東京の家で少しは落ち着いたかな、というころから、研究時間を捻出してみようと試みるものの、見事なまでに意図したとおりにいかないのだ。例えば、先週のある日は、職場の方とスカイプで打ち合わせ予定があり、少し緊張していたが、その間中よく寝ていてくれたうえに、そのあとも少しまとまった時間がとれた気がした。そこで調子にのって、以後仕事時間のログを取ってみることにしたのだが、次の日は合計で一時間も机に座っていられなかった。なんということでしょ。
 それでも、ルーティンに追われているうちに「月」レベルの時間が飛ぶように過ぎていくのが勿体なくてなにかに引っ掛けておきたくなる。また、産後は脳が萎縮するといわれるが、ふと開いた本の中の熟語の繊細な意味の差異が、自分に無関係なもののように感じられたことに、かなり危機感を覚えたりもして、やっぱり何か書いていなければならないと思うに至る。だから、つるつる言葉が出てこないところからのリハビリみたいなものだ。しかも、脳に行くはずの血液の大半を胸部付近に取られながら。

 表題は、百人一首から。
 逢ひ見てののちの心にくらぶれば昔はものを思はざりけり

 漫画『ちはやふる』では、大江奏ちゃんのお母さんが、子供がお腹にいることがわかったときに、こういう気持ちになったわ、といっていた。一度知ってしまうと、その前にはもう戻れない、そういう気持ちがあるのだと。
 妊娠出産から、現在進行形の子育てまで、思えば「一度そうなると前にはもう戻れない」経験の連続だったように思う。しかも、それは「ものを思う」なんて風雅なものではなく、まさに「経験」であり、考え方が変わるという言い方では生ぬるく、身体から人間の仕組みが変わるので考え方も感じ方も変わらざるを得ない、という感じだ。この過程で、私はそれまでいかに、頭に身体を従わせるというシステムで動いていたのかを実感した。とにかく思い通りにはならない、というのに尽きる。

 何もかも今までの仕事や生活とは勝手が違う。
 けどそこで起こるのが、こどもを大きくする、というある意味、人間にとっての本質的な営為だというのは、とても面白いと思う。
 むしろ、仕事にあわせて頭でデザインしてスケジュールを立てたものに身体を従わせる仕方で行ってきた所謂社会生活のほうが、ちょっと例外的に楽な状態だったみたいな。
 そして、必ずしも経験しなければわからないものではもちろんない(究極的には経験しないと理解できないものはないと思う)だろうけれど、私は経験しないとここまでわかるのは難しかっただろうなあと思う変化だったので、ああ、我ながら持って回った言い方ではあるけれど、その機会が得られたことを幸運に思う。

2019/04/02

オーブンレンジを働かせる (序)

 色々とここに書きたいことが溜まっているのだけど(だからこそ筆が重くなってた。ついでにここじゃないところに書かなきゃいけないことが多すぎる…)、今日は一つだけ。
 この時期に何にもまして歓迎すべき人とは、掘り起こしたてのタケノコをもって戸口にふらっと現れる人ですが、そのようなおとないがなんと夕方私の仕事場に!喜び勇んで早速、あく抜きゆで方を調べて今茹でてるんですがね。タケノコをゆがくのは、面倒な仕事の中では一番楽しい仕事ですね。不安なところは「白ごはん.com」がお薦めよ。上品和食を丁寧に教えてくれるWebサイトです。一つ計算外だったのは、タケノコのサイズが思ったよりもほんのちょっと大きく、うちで一番口径の広いル・クルーゼを召喚しても三本入り切らなかったこと。結果的に二つの鍋が二つしかないIHコンロを一時間以上占領することになってしまった。
 当然ごはんがまだで(タケノコは何よりも優先するのです)、おなかがすいていたので、オーブンレンジのそばでひしゃげていた付属のレシピブックをおそらく二年以上ぶりに開いて、何とかコンロなしで温かいものを食べる方法を探る。冷蔵庫に入っている長ネギ、ニンジン、シイタケ、厚揚げとを耐熱ガラスのボウルに適当に切って入れ、冷凍豚肉は解凍して入れ、酒と醤油とみりんとだし汁(と書いてあったけど、コンロが使えない人にだしを用意させるのはなかなか酷なので水にスプーン2杯のめんつゆで省略)入れて、コーヒーフィルター落としてラップして、初めて「肉豆腐モード」なる100近くある謎モードのうちの一つを使ってみた。そしたらなんと!全体に味しみてとってもおいしかったんです。馬鹿にしててごめん謎モード!今度からもっと使ってあげよう。そしていつかは「動物どらやき」なるキング・オブ・謎モードさえ使いこなしてみせようぞ。

2019/03/06

ジバンシイと非ジバンシイ

 私には、血がつながっていると信じられないくらい整った顔立ちの従妹がいるのだけど(*1)、先月、一族が集う機会に彼女の化粧ポーチを見せてもらって、デパート一階のキラキラコスメが整列しているのに驚いた。なんと、可愛い女の子がそこそこ稼ぐとこういうこともできるのか。イヴ・サン・ローランのラメ入り下地?シャネルのコンシーラーとハイライトがセットになったコンパクト?異分野の新知見くらいのノリで知識として押さえても、自分の顔に乗っかる可能性のあるものとは全く考えていなかった。まさか実装してる子がこんな近くにいるなんて…!そして、彼女の顔だったら、BAさん(化粧品売り場のお姉さまたちのことだ)もさぞ楽しかろうよ…。
 さて、そんな彼女が、デパート一階に恐れをなす初心者な我々三姉妹(*2)にお勧めしてくれたのが、ジバンシイのリップバームである。保湿機能が非常に優れているのでリップクリームのように使えるが、唇の色に合わせてほんのり色づくという。試させてもらうと、私だと少しサーモンピンク寄り、妹の一人だとローズがかって、なかなかいい感じに合う色になる。なによりピンク色のレザーとシルバーのコンビで作られたケース。公式のコピーだと「レザーのドレスをまとう、美しいクチュールバーム」だぞ!小さなパーティーバッグにそのまま入れておくと最高に気分が上がりそう。ローズ・パーフェクト::GIVENCY
 その気になりやすい我々姉妹のこと、今度都会に帰ったら4000円握りしめてデパート一階に入門しようと決意したのであります。その時は。
 その日の夕刻、集まりの会場の手洗いで偶然妹たちと一緒になり、その一人から「あみちゃん、これも試してみる?」と差し出されたのは一本の色付きリップクリーム。外資ブランドの過剰にゴージャスなオーラを放ったケースとは似ても似つかぬ慎ましい細さと、一目で中学時代以来の乾燥対策の味方とわかる濃い青色。ニベア様でございます。繰り出されたバーはきついワイン色だけれど、つけてみると意外にも馴染み、しかも乾燥しない。なんと値段は5分の1ほどという。「なにこれ、結構よくない?」と興奮すると、「じつはもうお揃いで」などともう一人の妹が色違いを取り出す。「なんじゃそりゃ、え、ジバンシイはどうするの?」「でもこれで十分かもねー」「結構いいよねー」「デパート一階くしゃみでそうになるしねー」「そだねー」と、会話内容はもはや記憶の彼方だが、デパートの外資コスメ売り場進出計画は、早くもその時点で露と消えたのでした。考えてみたら、ドレスみたいなレザーのリップスティックっていっても、納まるのは「A4入ります」鞄だものね…。
 尾道に帰ってすぐに「ひまわり」でニベアの色付きリップを入手して妹たちに報告したのは言うまでもない。せめて、浮いた3000円強を本にしたり飲みほしたりせず、何かしらのキラキラアイテムに使おうと心に決めたのであった。


(*1) それに加えて心ばえも美しくて天使のように優しいし、続きを読めばわかるように営業の才覚もなかなかのものである。
(*2) といっても私はまだマシで、勇気を振り絞ってスキンケア用品を求めたり、さすがにドラッグストアじゃまずかろうと自分の結婚式用のマニキュアを選ぶのをBAさんに手伝ってもらったりしたことはある。