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2017/08/26

Portland State University


 ウソみたいだろ。大学の中なんだぜ、これで。
 いま学生の参加している短期語学&文化研修プログラムを提供しているポートランド州立大学は、前回紹介した橋のあるウィルメット川西岸の、ダウンタウンをやや下ったところに広がっており、その結構広い敷地を、まるで北大のような本格的な緑地帯が南北に突っ切るような形になっている。その緑地帯を公園通りというが、御覧の通りにかなり樹齢のいった立派な木々と、綺麗な木のベンチたくさんあり、適当に人々が本を読んだりしゃべったり犬を散歩させたり曲芸の練習をしている。仲良しリスたちの姿も。


 日中日陰では25度より少し暖かいくらいで、湿気がなく涼やか、これで虫がほとんどいない。なのに、人でごった返していない。奇跡のようだ(逆に日本の都会にいると、こういうふうに日常的にほっとできるような場所が貴重過ぎて贅沢品みたいになっていて難儀なことである)。


 公園通り沿いになんじゃこりゃこの豪邸は!と思ったら、同窓会館のようなものらしい。


 右側は中小の講義室や研究室が入っているホール。語学の授業はこの中の教室を借りて行われている。



二点透視図法の練習みたいになったのは図書館を後ろから見たところ。


 ファサードは半分にしたドーナツの穴のような形にへこんでいて、ガラス張りの勉強コーナーになっている。


 蔵書はかなり開架に出してあるっぽい。芸術系だと楽譜が大量に!英語だけでなく欧州諸語や漢籍、日本語やアラビア語ペルシャ語と思しきものも関係なく何等かの仕方で並んでいて、少なくとも美術書はこれが便利だよなあ、と。


 飲食のできるコーナーや、グループで使えるコーナー。ホワイトボードの可動間仕切りは取り入れやすそう。


 入り口を入ってすぐ、「子供のいる学生さん、ファミリー・フレンドリーな自習室があるの知ってますか?」というサイン。

 ちなみにどうやら時差ボケを克服したようで、夕方自由時間に研究下準備できそうだと思って、今日は近くのスーパー(髭の長い兄さんがお香炊いてたりするナチュラル志向のスーパー)で飲み物を、近くのフードトラック街でトルコサンドイッチを買い込んでホテルにお籠り(トルコ料理屋台のおじちゃんはフェタチーズとほうれん草のパイをおまけにくれたがそれも絶品。ケバブラップサンドは予想にたがわず絶品でやすい)。

 ビールはHopworks Urban Breweryというこの辺りの結構有名なクラフトビール醸造所がつくっているグレープフルーツ果汁の入ったIPA(国際音声記号のほうではなくインディア・ペール・エール)(*)。インディア・ペール・エールは一口目に錆ついたような独特な香気と刺激があってびっくりするけれど、癖になるおいしさで、スパイス使った料理にも相性がいい気がする。売り上げの1%は環境保護団体に寄付するらしい意識高いビール。美味しい。後ろにあるのは「コンブチャ」という、やはりこの辺でちょっと有名らしいノンアルコール飲料で、シードルに似た感じで果汁とスパイス、発酵させた感じの炭酸で、塩気もある。ビタミンとバクテリアの力で元気でちゃうよ!みたいなうたい文句でグリーン&手作り系のラベル。味については、ひとまずはビールの方が美味しい、と言っておくが、うまく売り出せば尾道で人気が出そう。そんな味。

(*) これを買うときにもIDの提示を求められる。オレゴン州では飲酒は21歳からなのだが、昨日のワイン区域立ち入り禁止といい、かなり厳しく適用されている様子。私の場合、免許証は生年月日が和暦表示なので結局パスポートを見せることになる。タブレットに入った写真でも大丈夫だった。IDを見せると「あら、あなた案外年いってるのね」と言わんばかりにニコッとされるんだけど、まあ、向こうは規則でそうせざるを得ないのであり、考えすぎというものでしょうね。

2017/08/25

Portland, Oregon.

 初めてのアメリカ合衆国はひとまずオレゴン州のポートランドに滞在中。西海岸で、シアトルとちょっと近いところにある町です。
 眠たいのでひとまず説明は置いておいて、夕方仕事が終わってから散歩してたときに撮ったホーソーン橋。

 ポートランドは京都とかリヨンのような調子で街の真ん中を南北に大きな河、ウィルメット川が流れているが、その南寄りに架かる橋。1910年に開通した、アメリカで最初の昇開橋(vertical-lift bridge:船が通るとき、真ん中部分がみょーっと上がるそう。見たい!)だそうだ。夕暮れ時に北から。この北側にはフリーウェイが交差していて、それも結構格好いい。



 くぐります。川の西岸はずっと心地よい散歩道になっていてサイクリストが沢山いる。


 名前のわからない、結構大きな鳥さんたちが群れている。アヒルくらいの大きさで人を気にかけない。


 南に来ました。この後さらに南下すると、高級そうなホテルや海産物のレストランが並ぶ。今は大体20時前頃まで明るく、雰囲気も和やか。


 おまけ。街の中心のパイオニア・スクエアで、イタリア祭りが開かれていた。イタリア飯とワイン、何も買わなくても座っていられる椅子がたくさんあって、中心の舞台では今私もちょこちょこと出入りしているポートランド州立大学の 関係者?によるイタリアオペラ&歌曲のパフォーマンス。開放的で、気持ちがいいので休憩がてら何曲か聴いてみた。生ピアノの伴奏が結構いい感じに呼吸が合ってて楽しい。ワインの飲めるコーナーは21歳以上しか入場できない(私の顔だとパスポート提示を求められることが判明)けれど、中心の広場は老若男女、ほんとに赤ちゃんまでいて、とてもいい雰囲気。


 彼は、みんな知ってる「セヴィリアの理髪師」の何でも屋のアリアで、キャッチーなだけでなくパフォーマンスが素晴らしくて拍手がすごかった。

2017/08/12

帰省済報告 / 適量の難しさについて…柚木麻子『BUTTER』2017


 いくつかのミッション遂行のため東京経由で北海道に帰って、仕事場の行事の為、ちょっと前に瀬戸内に戻ったところだ。旭川では、でもだいたいの時間は、涼しい中でのんびりしたり美味しいものを食べたりすることに励んでいた。大事な人々と過ごすこういう穏やかな何日かを、働く人すべてが年に一回でも持てたら世界は大分平和になりそうな気がする。


 動物園にも行った。今年のポスター(途方もなくすばらしいので探してたが販売はしていない模様。デザインこちら)になっているユキヒョウ。撫でたい。

 あと、母が借りてきた柚木麻子『バター』(これ。*1)を奪い取って一日で読んでしまった。「君が何を食べているか言いたまえ、そうしたら君がどんな人間か言って見せよう」とはいってもそう簡単にはいかない、人間を解読しようとするうちに探偵自身が核心に巻き込まれるミステリーといっていいでしょう。でもそれ以上に、頑張りすぎたり不安になったりしがちな人が、自分の「適量」を見つけるための処方箋的な寓話である一方、女友達というキーワードを巡る命がけの決闘みたいにもなるし、誤読混じりに言えばホラーっぽくもある。
 っていうか、何を隠そう、高価なバターを不健康な仕方で大量摂取したくなる麻薬的な料理本でもある。

 以下は話の内容には直接触れないけれど、ちょこちょこ出てくる要素が微妙にネタバレするかな。

 特に印象に残ったのは、女性がいきなり体重を増やすことに対して周囲があからさまに表明する道徳的・生理的な嫌悪の凄まじさである。実のところ太ったといっても健康的な標準体重以下だったりするのに、女が減量の努力を継続せず、自分の欲望に従って食べ、ふっくらして満足しているという状態は、ここまで善人たちの、特に常識に生きる男性陣の恐怖を煽るのかと(実際に自分も、知り合いが急に太った時にえもいわれぬ恐怖と気味悪さを感じた経験もあるので)慄然とした。裏に響いているのは、性的に積極的な女性に対する嫌悪でもある。美味しそうにご飯を食べる女は可愛い。けどその予想を超えて、食べ物に過度な執着を見せると、同席者は「引く」からね。
 切り詰めすぎたり、行きすぎたり、憎んだり魅かれたり、そういう紆余曲折を経たうえで、自分の身体を作るものや自分と他人との関係に、適切なバランス感覚を取り戻すためには、やっぱり時間や金銭的な余裕がある程度は必要だ。というか、そのあたり分からなくなったら、無理やりでも「のんびり」を投入した方がいい。
 高級レストランや輸入食材、センス抜群の家庭料理、手作り焼き菓子、こってりラーメン、ファーストフード、地産地消、「愛情たっぷり」手料理、コンビニ弁当、セレブ料理教室、(この辺りでもちろん有機や無農薬、スローフードも入れたい)……どれもそれぞれ魅力があり、同時にどれも、人を引きずり込んで離さない黒い沼のようなイデオロギーを抱えている。ひとつひとつを全否定も全肯定もせずに丁寧に検証し、私たちの自由を奪うイデオロギーにからめとられることなく希望を示してくれるこのお話は、大変有難いものに思われる。とはいえ、この主人公、炎上しても会社が全力で守ってくれる出版社正社員(の立場を維持できる能力)、30代前半にして都内に客を何組も呼べるマンションを買える経済力に167cmの身長…ってなんか尋常じゃなく強い。逆に、これほど武器をもっていてもなお、適量は難しいんだと思わされたりするので、うっかりキムチチゲにバターを投入してうっとりしている場合じゃないかもしれません。


(*1) ちなみにこれに出てくるキャラクターがどうもこうも木嶋佳苗を髣髴とさせ、参考文献にも彼女に関する文献があるのだが、どうやらご本人はButterにぶち切れていたりして、なかなかサービス満点な状況になっているっぽい。

2017/07/27

さらっと面白いコンクールモノで20世紀音楽にご案内――『蜜蜂と遠雷』

 恩田陸『蜜蜂と遠雷』読んだ。
 恩田陸さんの本は、学部生ぐらいの時に結構好きでよく読んでいた。小説というより少女漫画で親しんできたようなシチュエーション、雰囲気を上手に料理する人。『蜜蜂と遠雷』は、ピアノコンクールでの予選から本選までを、天才たちの群像劇として描いたものです。漫画『ピアノの森』と似すぎている!とかって本気で心配している感想がネット上にあってびっくりだけれど、その心配の必要はない。漫画畑では、複数の天才がコンクールetc.でガチでぶつかって、その過程で一皮むけたり、過去のわだかまりを解消したり、蓋をしていた問題と再度向き合うことを余儀なくされたりするのは、まあ、ボーイミーツガールとおんなじくらいよくある主題で、家庭環境が複雑なのも普通すぎるのも、現実の世界と同じくらいよくありますからね。ここに出てくる天才たちはとても伸び伸びしていて今風で安心してみていられるし、化学反応の様子を丁寧に追ってあるので楽しかったし、途中ちょっと泣けるところもあったし、そういうジャンルの一作品としてとても楽しめるものだった。特に、母親の死で活動に意義を見出せなくなっていた天才少女が大人のアーティストとして華麗に復活するのは槇村さとる『ドゥ・ダ・ダンシン』の桜庭鯛子を思わせるかもしれない。『ピアノの森』と比較するなら、この小説はメインキャラクターたちの持っている物語の厚みでは物足りない感じが否めないのだが(いうてもキャラクター同士の対戦モノだから、メロドラマチックな濃さが欲しくなるのである)、ショパン以外をたくさん演奏するのは文句なしによい。お蔭で、プロコフィエフとかバルトークとか、あまりピアノ曲としては親しんでこなかった人たちに興味が湧いて、色々調べて聴いてみるとかなり楽しいので思わぬ収穫だった。弾くのは難しそうだけどねえ…バルトークの素朴な感じの小品なら探したらいいのあるかな?
 とまあ、なんとなく漫画っぽい感想になるのは、どうしても小説としてのスリルには欠けると思ってしまうからでもある。奇跡のようにすっごい音楽(とそのパワー)を言葉で出現させる、というのは途方もなく難しい、大きな挑戦だと思うし、音楽をテーマにしている小説といわれるとソコを期待してしまう。けれど、一部オリジナル曲「春と修羅」の演奏の描写など迫力があるところもあったんだけど、全体的には演奏に関しては印象や感想の再現に終始している。高島明石の準備方法とかマサルの緻密な楽曲分析は面白いのだけど、肝心の演奏はなんだかはぐらかされた感じで。まあ、勝手に期待しているこっちが悪いのだろうけれど、物書きってなんかもっと欲が出たりしないもんなんだろうか、と。

2017/07/15

知は酒盃をほめたたえてやまず 愛は百度もその額に口づける

 連日暑すぎて、料理が消極的になりがちである。帰ってきて、重力に逆らってなんとか~「で」いいや、みたいな料理を作る。素麺とか、各種素麺アレンジとか、炒め物とかそんな感じのものだ。久々に早く帰って用事もなかったので、日頃の行状を反省して、たっぷり収穫したミントでなんちゃって中東風のタジンを作ってみた。
 葉っぱと骨付き鶏と野菜と、クミンと干しブドウ。三年ものの塩レモンはそれはもう香り高く、これに安い白ワインをちょいと入れればブイヨンの類は必要なく、あとは圧力鍋がうまいことやってくれるので火の前に立つ時間はなんと素麺以下である、それも一人分の!夏といえば、テンションの上がる料理ってチゲ鍋とかゴーヤチャンプルーとかインドカレーとかそのたぐいぐらいだったけど、それ以外に抜群に作って楽しく食べておいしい食べ物を開拓したのでなかなか有意義であった。今日はなかったけれど、ジャガイモではなく夏野菜にして、カシューナッツとかアーモンドとか入れるのもよいと思う。それにしても、干しブドウの調味料としての潜在能力はすごい。ワインにとても合うんだもの。(*1)
(*1)  中東風とかいってワイン飲んじゃってますが、まあ、オマル・ハイヤームも飲んでるしよいではないの。