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2017/08/12

帰省済報告 / 適量の難しさについて…柚木麻子『BUTTER』2017


 いくつかのミッション遂行のため東京経由で北海道に帰って、仕事場の行事の為、ちょっと前に瀬戸内に戻ったところだ。旭川では、でもだいたいの時間は、涼しい中でのんびりしたり美味しいものを食べたりすることに励んでいた。大事な人々と過ごすこういう穏やかな何日かを、働く人すべてが年に一回でも持てたら世界は大分平和になりそうな気がする。


 動物園にも行った。今年のポスター(途方もなくすばらしいので探してたが販売はしていない模様。デザインこちら)になっているユキヒョウ。撫でたい。

 あと、母が借りてきた柚木麻子『バター』(これ。*1)を奪い取って一日で読んでしまった。「君が何を食べているか言いたまえ、そうしたら君がどんな人間か言って見せよう」とはいってもそう簡単にはいかない、人間を解読しようとするうちに探偵自身が核心に巻き込まれるミステリーといっていいでしょう。でもそれ以上に、頑張りすぎたり不安になったりしがちな人が、自分の「適量」を見つけるための処方箋的な寓話である一方、女友達というキーワードを巡る命がけの決闘みたいにもなるし、誤読混じりに言えばホラーっぽくもある。
 っていうか、何を隠そう、高価なバターを不健康な仕方で大量摂取したくなる麻薬的な料理本でもある。

 以下は話の内容には直接触れないけれど、ちょこちょこ出てくる要素が微妙にネタバレするかな。

 特に印象に残ったのは、女性がいきなり体重を増やすことに対して周囲があからさまに表明する道徳的・生理的な嫌悪の凄まじさである。実のところ太ったといっても健康的な標準体重以下だったりするのに、女が減量の努力を継続せず、自分の欲望に従って食べ、ふっくらして満足しているという状態は、ここまで善人たちの、特に常識に生きる男性陣の恐怖を煽るのかと(実際に自分も、知り合いが急に太った時にえもいわれぬ恐怖と気味悪さを感じた経験もあるので)慄然とした。裏に響いているのは、性的に積極的な女性に対する嫌悪でもある。美味しそうにご飯を食べる女は可愛い。けどその予想を超えて、食べ物に過度な執着を見せると、同席者は「引く」からね。
 切り詰めすぎたり、行きすぎたり、憎んだり魅かれたり、そういう紆余曲折を経たうえで、自分の身体を作るものや自分と他人との関係に、適切なバランス感覚を取り戻すためには、やっぱり時間や金銭的な余裕がある程度は必要だ。というか、そのあたり分からなくなったら、無理やりでも「のんびり」を投入した方がいい。
 高級レストランや輸入食材、センス抜群の家庭料理、手作り焼き菓子、こってりラーメン、ファーストフード、地産地消、「愛情たっぷり」手料理、コンビニ弁当、セレブ料理教室、(この辺りでもちろん有機や無農薬、スローフードも入れたい)……どれもそれぞれ魅力があり、同時にどれも、人を引きずり込んで離さない黒い沼のようなイデオロギーを抱えている。ひとつひとつを全否定も全肯定もせずに丁寧に検証し、私たちの自由を奪うイデオロギーにからめとられることなく希望を示してくれるこのお話は、大変有難いものに思われる。とはいえ、この主人公、炎上しても会社が全力で守ってくれる出版社正社員(の立場を維持できる能力)、30代前半にして都内に客を何組も呼べるマンションを買える経済力に167cmの身長…ってなんか尋常じゃなく強い。逆に、これほど武器をもっていてもなお、適量は難しいんだと思わされたりするので、うっかりキムチチゲにバターを投入してうっとりしている場合じゃないかもしれません。


(*1) ちなみにこれに出てくるキャラクターがどうもこうも木嶋佳苗を髣髴とさせ、参考文献にも彼女に関する文献があるのだが、どうやらご本人はButterにぶち切れていたりして、なかなかサービス満点な状況になっているっぽい。

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